ファテー・サミ (2021年6月28日)

遅すぎだ!ガニーは数日前に軍長官と防衛大臣の首をすげ替え、変革の鐘を鳴らしたが、アナリストたちは出す札はもうないとほのめかしている。ガニーはタリバーンに圧力をかけて、選挙ができるようになるまで、暫定挙国一致政府を作りそこで何らかの役割を受け入れさせようとしている。しかし、戦場で優勢な彼らは、交渉にはほとんど興味を示さず、国内を完全に制圧してイスラム主義に基づく宗教家の長老たちが支配する首長国としてアフガニスタンを復興させようと意図している。
タリバーンとのいたちごっこに過ぎないテロリストやイスラム過激派との20年間もの戦いで、アフガン国民は、一貫して、戦略的利益を求めるだけのアメリカとその同盟国の犠牲者だった。アフガン情報に精通しているアナリストたちによれば、パキスタンの協力でやってきたアメリカの存在はアフガン国民に貧困、飢え、流血そして政情不安という破滅的結果しかもたらさなかった。

アフガン人の大多数はアシュラフ・ガニー、ハーミド・カルザイ、そしてザルメイ・ハリルザドがこれまでずっと主要なタリバーン信奉者で彼らとの民族的なつながりや友好関係を保ち続けていると信じている。いま混沌とした状況にあるアフガニスタンの果てしない危機はこの3人の責任とされるべきだ。この3人のせいで国内にいようが国外にいようがわれら国民はアメリカの行政に対して憎悪の炎を燃やすにいたった。ハリルザドに率いられたこの3人組は、アフガニスタン向けアメリカ特殊使節と呼ばれもするが、無能で無資格の連中に権力を与え世界一の腐敗政権をチーム一丸で作り上げた。その結果、アフガニスタンにもたらされたものは現在の危機的状況に他ならない。タリバーンはアフガニスタンを統治し女性や少数者にも権利を認める効果的な勢力であると自らを描写しているが、それは単なる欺瞞である。アフガニスタンで毎日冷淡に男も女も子どもも、そして国軍の人員をも彼らが殺していることをほとんどの人は忘れていない。1998年にはイラン大使館を急襲したのち、ほとんどが外交官であったその場の11名のイラン人を殺害した。また国連の保護下にあったナジブラー前大統領を強奪し殺害したのも彼らである。

ガニー大統領はアメリカへの高官代表団の頭目だった。この旅で彼に随行したのは60人だったという話も聞く。もちろん旅費はすべてアフガン政府の持ち出しでアメリカからの招待ではない。

KAM航空のカーブル・ワシントン間貸し切り往復飛行は大統領官房が4日間の予約でおさえた。料金は飛行中待機中ともに1時間あたり2万5千ドルだったという。アフガン大使館が個人会社から数台の車をレンタルしアフガン使節団が飛行場から宿泊場所へと移動するのに備えた。ワシントンで空港から乗れば1台につき運賃500ドルはくだらない。アフガン政府はさらに初日の晩餐をワシントンにあるアフガン大使館で主催したが、アメリカの政治家も数名招待された。

こうした法外な旅費を考えると、大きな疑問が浮かぶ。つまり、アシュラフ・ガニー大統領とその取り巻きが政情の安定、戦争の統制、停戦、アフガン国民のために経済状況を積極的に変えることなどを目に見えるアメリカ土産として持ち帰ることができるのか? もしこのアメリカ旅行がアフガニスタンに平和と安定をもたらすなら、こうした莫大な費用も報われよう。しかしこの旅についてこれまでわれわれが聞いたのは、ガニー氏とアブドゥラ氏がジョー・バイデンおよびそのほかの人たちと会ったということだけ。つまり、政府が送り出した大きな使節団の目的がいまだ知らされていない。「この人たちはなぜワシントンに行ったのか?」とアフガン国民は問うている。ガニーと60人のワシントンへの旅行仲間が使った費用のすべては、貧乏にあえぐアフガン人のために使うことができると人びとは信じている。ガニ大統領のワシントン訪問は国の予算をあれほどしこたま使った挙げ句、まったく成果のない旅だった。それはただ権力に居座りたいという手前勝手の欲望を満たすために公共の財産を無駄遣いした以外のなにものでもない。新型コロナによる記録的な死者数が報告される一方、とても感染力の高い変異型ウイルスの流行も重なり、健康問題の専門家たちは病床が一気に不足すると警告した。アフガニスタンの貧困にあえぐ国民は、そして歴史は、そんな豪勢な出費にきびしい審判を下すだろう。

アシュラフ・ガニーはタリバーンが国中で大攻勢に出ている最中にアメリカ訪問に打って出た。タリバーンが国の様々な地域で広範囲な攻撃を遂行しているこんな危機的時期にアメリカ旅行をしたことは、タリバーンを力づけてしまい自らが閉ざした扉を今になって開けてしまう無駄な努力をしているように多くのアナリストたちの目には映っている。米軍撤退が最終段階を迎えたことで利を得て、タリバーンは攻撃活動を強めている。隣国は国境で緊急の安全措置をとった。モスクワ系の新聞によると、ウズベキスタンとタジキスタンは国境地区において非常事態を宣言している。

ガニーは傲慢にも国民との関係を断ち切った。事情通や役人が伝えるところによると、幾重にも防御された安全地帯のど真ん中にある大統領宮殿に孤立し、次第に友人が減り、連絡がつきにくくなっている男とみなされるようになった。「彼が話を聞くのはわずか3、4人の人物で、その中にはチーフ補佐官、国家安全アドバイザー、そしてもちろん彼の妻も含まれる」と、ある西側の外交官がかつて述べた。「宮廷ではよくある現象だが、ガニ自身の資質による部分もある。彼は誰でも疑うんだ。」

現在進行中の不安と戦争の時期にガニーが旅したことは政治的にも道徳的にも非難されるべきだ。いま残っているアメリカ軍が撤退することによって、すでに意気上がらぬアフガン国軍があっという間に蹴散らされるという恐れがある。そうなれば、タリバーンとアフガン政府の和平交渉は頓挫したままとなる。

米プレスからのガニーへの贈り物は外交事案に対する普段の論評からはかけ離れたものだった。有名なウォールストリートジャーナルはアシュラフ・ガニがアメリカ入りする前から警鐘を鳴らした。「米軍撤退の6か月後にカーブル政府は崩壊する」と。危機的状況におけるアシュラフ・ガニーの時機を失した成果のない旅は政治的譲歩を引き出そうとしてバイデン氏に会うことを渇望している他国の指導者たちにとっても不運で驚くべき悪例だった。専門家によると、旅の主な目的はトランプを政治的抑圧のかどで非難し、タリバーンに譲歩を与えることだった。そうしないとタリバーン政権はガニを認めないし、これまでずっとタリバーンこそがアフガニスタンとアメリカとの取り決めの犠牲者だったからだ。時は、アフガニスタン史上もっとも無能な大統領であるアシュラフ・ガニーに味方しなかった。バイデンは、政治的危機においてライバル関係にあるガニーとアブドゥラにこう言った。「米軍がアフガニスタンを去るときが来た。アフガン国民は自分たちで考えなくてはならない。自分たちの将来がいかなるものであるかを」と。さらに会談の中で、ジョー・バイデンは「わが軍を必ずアフガニスタンから撤退させる」と語り、アフガン軍への軍事的援助とアフガン国民への人道的援助は続けると約束した。アフガン国民への援助であり、アシュラフ・ガニーへの援助ではない。こうした文言は新しいものではなく、旅の前から何度も言われていた。つまり、バイデン氏が最近かわした自国の役人との口約束と同様、ほんの数日だけ相手を喜ばせるリップサービス以上のなにものでもないと思われる。

アシュラフ・ガニーの第1期初頭にアメリカ人が署名したカーブル・ワシントン間の安全合意はもう忘れ去られ、実はもともと両国共に合意したわけではなかったことが判明した。両国はいまどんなことに興味を示しているだろうか?

大統領執務室でガニー氏は感謝を表しこう言った。「両国の関係は新たな章に入った。これからはアメリカの協力は軍事的なものに限らず、両国相互の利益に関して広範囲なものとなろう。」

軍事計画立案者や諜報分析官は、タリバーンが力をつけてきたことと計画中の撤退という2つの要因から、アフガン政府がおそらく6か月から2年のうちに崩壊するだろうという同意にいたっている。かかる諜報について問われてガニ氏は「そんな予言は幾度となくあったが、すべて偽りだと証明された」と笑顔で答えた。

アシュラフ・ガニーはバイデンがアフガニスタンからの撤兵を命じたことに敬意を表した。「われわれはアメリカの決定を尊重する」とガニーは述べたが、この会談で主導権を持つことはなかった。自らの権力と影響力でタリバーンに圧力をかけて政治的平和的交渉によって権力を委譲することに同意させるとアメリカに申し出ることもなく、いつものように見せかけの権力で状況を制御しようとした。

得意の人心をくすぐる扇動もむなしく、アシュラフ・ガニー政権は衰退期を迎えた。タリバーン、さらには一時はガニーの権力と富を分かち合ったほぼすべての政治勢力からさえも、いまは孤立している。そしてガニー政府の全体が危機的なまでの疑惑にまみれている。こうまで危機的に疑惑にまみれ不能ぞろいとなれば、選挙委員会を立ち上げて、不安な政情を果敢に改善し、ガニー氏の言動に敏感になろうという機運がこれまで以上に高まってきている。一方、こうした危機的状態はアフガニスタンで暴力に抗おうという国際組織の進取の気性をそぐこととなってしまった。

われわれの国家の安全と国家の統一が危うくなっている。そして今度アフガニスタンが市民戦争に陥れば、隣国とくにロシア、中国、イランは無関心ではいられない。アフガニスタンはイラクやシリアよりも悲惨な目に遭うだろう。兵力を撤退させたあとも2、3の分野でアメリカは一緒に活動を続けるとバイデン氏は発言した。それは、戦死者2400人超、負傷者2万人超、そして何十億ドルを費やしてもなお、アメリカは地政学上のライバルたちにつけいる隙を残してはならないということを意味している。アメリカはより安く状況を制御したい。しかし、この20年起きなかった何かが起きるだろう。

バイデン氏がガニー氏の政治的運命と和平会談の行く末、そして平和裏の権力委譲について、こっそりどんな助言をしたのかわれわれは知らない。不機嫌な世界の指導者たちにバイデンがいかなる警告をしてアメリカの利益を守ろうとしているのかも、われわれは知らない。アメリカの方針に反対することを躊躇させるその手段を知らないのだ。

付け足しておくと、ワシントン空港で歓迎したときは他国の高官代表団をアメリカの役人が出迎える外交的伝統にのっとったのだから、旅の最後にも国務長官かバイデンか副大統領のいずれかがガニー氏と共同記者会見を開くものとわれわれは期待していた。ところが、ふざけたことにいずれも共同記者会見を拒絶し、ガニー氏のみが地位の低い人びとと一緒に記者会見を開いただけだった。

この旅を通じてガニーは新たな言葉や示唆を一言も発していない。そしてガニー時代の政治的記録はアフガニスタン史上最も暗黒な一時期を画し、統治する2大党派にとっても、アメリカの国民にとってさえも、もっとも不名誉な数年間であった。われわれ国民はわが国軍を誇りに思っている。アシュラフ・ガニーの腐敗し無能な指導のもとにあったこの時期、不運にもわが国は歴史上最多の犠牲者を生み出してしまった。

【完】

 

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