代理戦争がアフガニスタンを破壊している!
Aggressors and Occupiers Commit Atrocious Crimes to the People of Afghanistan by Fateh Sami (Photo)

ファテー・サミ 2021年7月24日

パキスタンとその支援国による代理戦争はアフガニスタンを破壊している。ターリバーンにNOを、腐敗した政府にNOを、民衆蜂起を支えよう!

背景情報

諸外国はここ数十年にわたって、地理的戦略上および地政学上の利益のためと称して、アフガニスタンをとことん紛争と試練の地に変貌させた。強国によるゲームのルールは昔とかわらず、ただ相手を打ち負かせば勝ち。しかし、その進め方や技法は、魅力的だが扇動的な言葉にいろどられて常に進化し続けている。つまり「テロとの戦い」、「和平会談」、「調停」という表現がこのばかげたゲームでよく使われるようになり、数十年にわたって国民に悲劇的な結末をもたらしてきた。陰に陽に謀略をめぐらす各国の首脳たちの出す声明を耳にし、その態度を目にしてきたが、独自の情報源、報道機関、ネット上の動画をつうじて、舞台裏の交渉が実際に現場でとられる行動とは全くの別物であることにわれわれはみな気づいている。

こうした競争が続いている結果、アフガ二スタンでは流血、破壊、社会不安が日ごとに度を増している。かつてのソビエトはアフガニスタン人民民主党(PDPA)を支援したが、その最後の大統領ナジブラー博士による政府が崩壊すると、パキスタンとイランに基盤を持つムジャヒディーンとよばれるさまざまなイスラム集団がアフガニスタンに入ってきた。彼らはジハード主義者で米英仏をはじめとする西側および欧州の国ぐにから、またイスラム諸国からも手厚い軍事面、資金面の援助を受けていた。中でもパキスタンとその支援国はここ数年にわたり、イスラム過激派の戦闘員を世界中のイスラム諸国から集め、パキスタン内の軍事キャンプで育ててきた。十分な準備ののち彼らは装備と武器を身につけ、アフガニスタンで戦うためにムジャヒディーン集団にまぎれてパキスタンから派兵された。このやり方は規模を拡大しながら今も続けられている。

アフガニスタン国民は戦争、暴力、敵意によって疲れ果てていた。ムジャヒディーンがカーブルに入城したとき、彼らが平和と静穏、繁栄と幸福をもたらすと国民は期待した。ムジャヒディーンはソビエトの占領から国を解き放ち、イスラムの魅力的な言葉どおり、国民に平和、兄弟愛、平等を約束してくれると伝えられていたから。しかし実際はジハード主義を唱えるパキスタン人の分派が複数現れ政治的権力ばかりを追い求めた。彼らにとって公共の福祉などそっちのけだった。国民は破壊的な権力闘争のおかげでそれまでも長く苦しんできたのに。おおくの民族集団からなるアフガニスタン国民全体が参加する強固で包括的な国民政府の樹立をパキスタンが唱えることはこれまで一度もなかった。

それどころかパキスタンは長い目でみて自国の利益になるよう、いろいろなムジャヒディーン集団のあいだに偽善と敵意をひろめるという大役をはたした。これまでパキスタン人の政治家や軍隊はさまざまなやり方でアフガニスタンへの潜入をこころみてきた。アフガニスタンに強固で独立した政府が存在することを彼らは容認できない。インドと伝統的な友好関係を維持する政府ができるとなると特段に。「パキスタン製の新たな政府が生み出されたのに、カーブル入城後のムジャヒディーン集団はより多くの力と特権を求めて互いにあらそい、国内は不運にも内戦となった。その結果、カーブルは破壊されて数千人が虐殺され多くが負傷し不具者となり家を失った」というのが事態を目撃したカーブル住民の証言である。

戦争が始まって以来、CIAやその他の諜報組織から最多の国外支援をうけたのがロケット発射機の異名をとるグルブッディン・へクマティアール(Gulbuddin Hekmatyar)に率いられた反政府武装組織ヒズベ・イスラミ(訳注:ヒズベ・イスラミ・ヘクマティアール派(HIG))である。この一派はパキスタン軍統合情報局(ISI)の手引きによって、パキスタン国内でアフガニスタンの要人を何人か計画的組織的に殺害した実行犯でもある。ブルハヌッディン・ラッバーニ(Burhanuddin Rabbani)とアーマド・シャー・マスード(Ahmad Shah Masood)が率いるムジャヒディーン政府に対して、ほかのジハード主義集団に図ることなくISIと共謀のうえ政治的軍事的全権を掌握しようと画策したのが、まさにそのヘクマティアールであった。ヘクマティアールが抗争を巻き起こした。その結果、赤十字が発表した数字ではカーブル市民の7万5千人以上が殺された(訳注:この事件で「カーブルの虐殺者」の異名をもつヘクマティアールの孫が最近釈明をしている:https://www.afpbb.com/articles/-/3357568)。カーブル南部のシャサール・アシャブ地区に、ひと月以上にわたって数千発のロケット弾を無差別に撃ち込むなど、ヘクマティアールのヒズベ・イスラミはカーブルをとことん砲撃しつくした。

ターリバーンの創造

1992年4月にナジブラー博士(Najibullah)が大統領を辞任した直後にムジャヒディーンがカーブルを制圧した。そしてヒズベ・イスラミをアフガニスタンで権力につかせてアフガニスタン統治の政治的構造に対し完全なる影響力を持とうとしたISIの計画は失敗した。するとすぐにパキスタンは国内の神学校でターリバーン集団を創設した。最初ムラー・オマル・アクンド(Mullah Omar Akhund)を頭目としたアフガン・ターリバーンはまずカンダハールで戦闘を開始した。そのとき以来、パキスタン人の民兵であるターリバーンによって、アフガニスタンで内戦の火が荒れ狂った。ターリバーンとカーブル政府の間で米国は何度も平和交渉をでっち上げたが、平和への糸口はひとつも期待できなかった。その理由は単純で、両側の立場がまったく異なっていたからだ。1978年以降代理戦争に巻き込まれたことで占領国が仕組む抗争の煙が次々とかたちを変えてがくすぶってきたのだが、それを消し去る気はどちらの側にも全くなかった。

米国によるターリバーンとのいわゆる平和交渉

ターリバーンへの大安売りの一環として、米国はアシュラフ・ガニー(Ashraf Ghani)政府に対し5千人のターリバーン捕虜の解放を強要した。何千もの民間人、国軍兵士、外国人の死に関係するテロリストや大物麻薬商人もそのなかに含まれている。カーブル大学のジャラル教授によると、解放された捕虜のうち3千人はアフガニスタンで凶悪犯罪をおかした最も危険なパキスタン人犯罪者だと言う。

ターリバーンはアフガン国民と陸軍は殺すが米国兵を殺すことは差し控えている。解放されたターリバーン戦闘員のおおくは戦場にもどり、無辜の人びとに対する暴力はおとろえることなく続いている。またターリバーンは交渉期間中の停戦には決して応じない。パキスタンの前駐米大使フサイン・ハッカーニ(Husain Haqqani)の警鐘は正しい。「米国はあらゆる譲歩に応じ、ターリバーンは勝利を感じとっている。これでは事実上ターリバーンへの降伏で、アフガニスタンに平和が訪れるとは想像しづらい。」

ターリバーンの攻撃について「交渉にきた人物は誠実をよそおうが、やっていることはそれと矛盾している」と米中央軍トップのケネス・F・マッケンジー・ジュニア将軍は昨年7月に語った。ターリバーンは交渉の席ではより融和的な発言を繰り返している。ところが民主主義や女性の権利といった重要問題に対する宗教的信念に別れをつげる熱意はこれまでほとんど見せていない。ターリバーン政権のころは盗みのかどで両手を切り落とし、女性に死ぬまで投石し、女性が働き教育を受けることを禁止して未成年のうちに結婚するよう強制した。

米国がアフガニスタンに侵攻したみかけ上の主目的は何か?

みかけ上は、ビン・ラディンを捕獲するためだった。しかし、あとになってほかの目的もくわえられた。みずから持続し国を守る能力をもつ安定した民主国家をきずくとか、ターリバーンがふたたび政権につくのを未然にふせぐとか、とりにがしたビン・ラディンがアフガニスタンに再入国するのをふせぐとか。しかし、2001年から2009年にかけて、よりおおくの外国軍が配置されたにもかかわらず、治安状況は悪化した。2009年の暮れに米軍およびNATO軍の兵士数は10万をこえたのだが、逆に治安状況は悪化した。米軍を増補しようとNATO主導の国際治安支援部隊(ISAF)におよそ40か国が参加していたのだが。

同じ期間に経済状況も悪化して、失業率は40パーセントをこえ国中に貧困がひろまった。アフガニスタンにおけるケシの生産は全世界合計の90パーセントをこえ、国による管理は最低線までおちこみ、軍閥と麻薬王が権力を強めた。そのあげくに、2009年8月の大統領選は国中で不正が申し立てられ傷だらけとなった。

大失敗の責めをおうのはだれ?

ひとつの見方はソビエトの侵攻と占領(1979年〜89年)が社会システムをひどく傷つけ混乱させたため立ちなおれなかったというもの。ソビエトの占領がおわると、ムジャヒディーン内での勢力争いがアフガニスタンの弱さを助長し、ウサマ・ビン・ラディンがそれを利用した。2003年に米国がイラクに戦争をしかけると決めたためにアフガニスタンにむけられるべき物資と注意がそらされてしまったと主張するものもいる。またハーミド・カルザイのアフガニスタン政府こそが悪いというものもいる。カルザイは権力と影響力をもち、経済発展計画を遂行したのだが、それは首都のみに集中していた。人口の80パーセントが居住する地域、つまり国中に散在する3万6千もの村々では失敗したのが原因だという。

しかし、戦争状態から維持可能な平和へとアフガニスタンを変貌させる責任は国際社会にもあると推定されねばならない。パキスタンのISIとイランの諜報機関そしてアラブの資金がターリバーン反乱軍を支援していると米国政府は認めている。そのうえ、暗殺されたパキスタン首相ベナジール・ブット(Benazir Bhutto)は「米国、英国、サウジアラビアがそれぞれターリバーン民兵を創造する共通の役割を果たした」と語った。ブット氏の内務大臣だったナスルラー・バブール(Nasrullah Babur)がターリバーンを創設し、装備し、組織するのに重要な役割をはたした。この理由から彼はターリバーンのこころの父として知られている。

その結果、米国はまず第一歩としてパキスタンのアルカイダを無力化させねばならなかった。ほぼ10年にわたって、そのリーダーはISI本部のそばで暮らしていたのだから。また独自のテロ対策活動にくわえて、米国は制裁と報復をちらつかせて、パキスタン政府には反乱軍の退避場所を閉鎖させ、ISIにはアフガニスタンにおける隠密作戦をやめさせねばならなかった。そんな制裁や報復の措置はなんらとられることがなかったのだが。米国がこうした方針をとれば、平和と和解をおしすすめるギアが一段とアップし、農業を復興させ、産業、インフラ、商業を再建できたはずだ。国の方針を決めるすべての段階で、全階層のアフガニスタン人がそれを知り意見をのべることに、よりおおくの努力がはらわれるべきだった。

しかし関連国にとってアフガニスタン問題は戦略ゲームだった。ターリバーンとダーイシュ(訳注:シリアを拠点とするテロ組織)はどちらも同じみなもとから生み出され支援されている。ターリバーンの立ち位置については本性を隠していろいろ書き散らす人もいる。BBCなど一部のメディアはターリバーンが変化して、女性に自由と教育の権利をあたえ、ダーイシュと戦い、国際組織と手をたずさえて麻薬の減少をめざし奮闘していると伝えているが、そのわけを私は知らない。なんともばかげた報道だ! ターリバーンの第一の収入源はケシの栽培と密売なのだ。ターリバーンが戻ってくるという悪夢はアフガン人の心に影を落としている。米国と西洋同盟者たちがもたらそうとした民主主義神話は一晩で打ちくだかれた。

20年にわたり何十億ドルもかけて進められたアフガニスタンにおけるテロ根絶作戦は失敗し、イスラムテロリズムの怪物が登壇して「イスラム首長国」を建国し、民族的人種的分断をさらに強化するという事態に事実上おわってしまった。ターリバーンの犯罪を無視し、将来残虐行為が慣行化される可能性を知りつつも意図的に目をそむけることで、このような妥協に達したと分析者は考えている。残虐行為こそがテロリストの中心活動で、そうしたテロ集団ターリバーンを認めることは妥協以外のなにものでもない。

ターリバーンに対する民衆蜂起を政府はなぜ支援しないのか?

ターリバーンへの民衆蜂起は2012年初頭にゴール州ではじまり、のちに国内の別の州にもひろがり、日ごとに数をましていた。そのとき以来、メディアが「自発的」と表現した蜂起は時代の必然であり自衛の必要性からおきている。2021年5月には、ファリヤブ州のシリン・タガブ地区でおき、ジャウジャン州にまでひろまった。両州の地方職員は住民が自発的にターリバーンにさからって反乱したと述べている。今では蜂起がアフガニスタンの別のいくつかの州にもひろがり、警察官や自衛軍も支援して日ごとに規模をましてきている。

ターリバーンの攻撃が激化し数地区がその手に落ちると、両州の人々は武器をとって民衆蜂起をおこしその中でターリバーンに宣戦布告した。この出来事(ターリバーンが近隣をおさえるなかでの国民による自発的防衛)によって政府は国防省ビスミラー・モハマディ大臣(Bismillah Mohammadi)に指図し、国民にむけて要請を発せざるをえなくなった。ターリバーンに対して立ちあがれ、政府は武器と装備を供給するからと。

武装して蜂起に加担したひとりは次のように述べている。「この20年にわたり一度も国の平和を確保できなかった政府の弱さが蜂起の原因だ。法律が社会を治めていなかった。犯罪はとまらず、罰せられるべき加害者が逆にわれわれの母親、姉妹、子供たちを罰するより多くの機会を享受していた。だから母国の敵にこれ以上時間をあたえ、われわれ国民の生活をひっくりかえすことなど許さない。武器をとり平和と安全を確保するまで闘争をつづける。それがみずからの命をまもり、誇りと威厳をたもつことになる。われわれの闘争の目的は地域をふたたび活性化させ、われわれの学校や病院を再開し、地域の社会活動を復活させることだ。」

ターリバーンと戦う勢力を支援すると繰り返し政府は約束してきた。ところが困ったことに、民衆蜂起を支援するとの政府方針はここにきてドラマチックに変更された。いまや政府はこうした勢力を資金面でも軍事面でも支援したがらない。こうした勢力を政府の軍事組織に組み入れるのも手だろうが、どうやるかという方法はいまだみつかっていない。

政府はいま感触として分岐点に立っている。一方では、ターリバーンの急速な進撃。彼らの広報担当によると、全国の半分以上の地域を制圧し、カンダハルなどの戦略上重要な都市を包囲しさらに市内にまで戦線を広めているという。ヘラート、バルク、ジャウジアン、ファリヤブ、クンドゥズ、バダクシャン、バグランの各州そして中央ハザラジャードなどでも似た状況だ。これらの地域はターリバーンの手に落ちる危険がある。他方では、民衆蜂起の拡大。ドスタム将軍(Dostum)率いる国軍の戦いとは別に各地でおきている。ヘラート州で起きた数々の蜂起は全てをイスマイル・ハーン(Ismail Khan)が引き継ぎ指揮している。バルク州ではアッタ・モハマッド・ヌール(Atta Mohammad Noor)が蜂起を指揮し、またパンジシール、パルワン、タクハールの各州ではアフマド・マスード(Ahmad Masoud)(訳注:パンジシールの獅子と呼ばれたアフマド・シャー・マスードの息子)ほかイスラム協会(訳注:ブルハヌディーン・ラッバーニやアフマド・シャー・マスードらによって結党されたタジク人主体の政党。)の主要メンバーによる蜂起がおきている。ドーハの高級ホテルではカリリ(Khalili)やモハキク(Mohaqiq)といった政府の要人がターリバーンとの和平会談を主導したが、蜂起した民衆は武器を手に戦い、政府の支援を要望している。

にもかかわらず、カーブル支配の表側で広範囲に活動する政治家たちは、広報担当のオマール・ダウードザイ(Omar Dawoodzai)もふくめて、こうした武装蜂起が自分たちの独占的統治と全体主義にとってうまくないと考えている。1990年代初頭の歴史とナジブラー政権の崩壊をよく知るドスタム将軍とイスラム統一党(訳注:イランで結党されたハザラ人を主体とするシーア派の政党)はターリバーンの決定的おさえこみをめざしているが、それは連立政権を支配するためだ。

こうしたひとにぎりのグループが牛耳る全体主義。パキスタンの記者アフマド・ラシードによると、1990年代後半からずっと彼らは既存の3政党(訳注:ウズベク系の国民イスラム運動党、タジク系のイスラム協会、ハザラ系のイスラム統一党)に政権をわたすくらいならターリバーンに統治させたほうがましだと思っている。アフガニスタンの全国民を代表する幅広い政府の実現を抜きにひとつの民族グループが支配している現体制に、アフガニスタン国民は決して屈しない。

北部にある数かずの地域が陥落しているそうだ。東北部、西部、ハザラも同様という。最近ハーミド・カルザイ(Hamid Karzai)は声明を発してこう述べた。「ターリバーンはアフガンだ。アフガン自身がアフガニスタンの土地と領域を占領することは正常で瑕疵も罪悪もない。」この表現は、カルザイやガニーらの全体主義チームがターリバーンを指揮している証拠としてなりたつ。したがって、大統領チームは平和運動を尊重し流血と戦争をやめ、第3勢力に権力を渡すことなど欲していない。同様に、統治者グループはみな政敵がターリバーンを追い出すのを決して許さない。しかし地方ではターリバーンに抵抗する動きが強まってきており、権力独占と全体主義に終止符を打つ可能性は国中にひろまっている。

地域はどんな方法でターリバーンの手に落ちるのか? カンダハルでは短い期間で12地区以上がターリバーンの手に落ちたが、現州知事によるとターリバーンが力ずくで戦って強奪したのではなく、カーブル政府の重鎮たちから電話をうけて降伏したという。「検問所50か所」がターリバーンの手に落ちたというが、電話1本でターリバーンに50か所すべてがが明けわたされたのだ。7月4日、カンダハル州知事が記者会見したときの発言である。会見場には遊撃隊指揮官や内務省の副保安主任など複数の高官がいた。知事の広報官であるロフラー・カンザダ(Rohullah Khanzada)の発言はドーハ和平会談にターリバーン側の広報官としてのぞんだモハメド・ナイーム・ワルダック博士(Mohammad Naeem Wardak)の発言と呼応している。博士によるとターリバーンは戦闘を段階的に拡大させることなく短期間に100以上の地区を確保したという。ほかにも全国で前哨基地につづいて地区全体が制圧されたが、それは政府機関および軍部が敵と戦わず、すすんで降伏したためであった。

知事はまたカンダハルの人びとがカーブルにいる州指導者たちを非難していることについても特に言及した。彼らは国の首脳たちに間違った考え方を植えつけているというのだ。つまり自らの影響力に関して、いつもの虚偽で見かけ倒しの情報や数字を提供し、見返りとして議席と特権を要望していると。州知事は支配者たちが犯している盗みと詐欺の証拠をたくさんもっていると述べている。国の腐敗をかならず暴くと知事は約束した。「カンダハルは軍事的に陥落したのではない。政治的に陥落したのだ。どの地区を見ても、ひとりの戦死者も負傷者すらも出なかった。戦闘など起きず、軍事基地と地区全域がつぎつぎ見捨てられたからだ。数千の兵士は持ち場をはなれ自宅にもどった。4日間も無人となった場所がいくつもあったのを知っている。まだターリバーンが現れてもいないのに。」

知事はこう続けている。「カンダハルの行政は民族性にもとづいている。政府とくに軍部は民族的なつながりを断ち切るべきだ、民族系実業家たちの影響を受けるべきではないと近年いくどとなく高官たちに示唆されてきたのだが、いまだに実行されていない。これまでのところ、アカザイ、ノールザイ、アハマドザイなどの各部族構成にもとづいて国の民事と軍事の行政が執りおこなわれており、何人かの長老たちにも頼ってその影響をうけている。さてカンダハルの基地や地区をとりしきる役人だが、こうした何人かの長老の影響をうけているので、電話ひとつで『明け渡して自宅に戻れ』と命令した。そしてカンダハル市とその憐れな市民を城門で戦争が起きるという紛争状態に陥れたのだ。」

政府内の民事と軍事をつかさどる役人がターリバーンに自主的に降伏するという事態は、政府が役人を味方につけられず逃げていることを示している。国の政治的支配者たちが武装兵力の階級においてのみならず全国土にわたる政治構造や国家統率において脆弱であることを国民に示している。20年にわたり支配者たちは政治的首脳同盟を維持できず、特権をもつ彼らの仲間たちもつぎつぎと座席変更をくりかえしてきた。そんな支配者とその仲間がどうやって国民を味方につけられようか? 何千もの兵士が軍事基地と担当地区から逃走し自宅待機したことは政府に自前の職員を保持する気力も能力もないこと、政府が国民からかけはなれていることを意味する。国と国民のあいだの距離および支配者に対する国民の嫌悪はこの点から明白である。

3か月の停戦はターリバーンの立場を強めようとするパキスタンの陰謀だ。

3か月の停戦と交換にターリバーンは7千人の捕虜を釈放し、米国と国連のブラックリストから彼らの指導者たちをはずすよう要求している。これら7千人のターリバーン戦闘員を自由にするために、パキスタンと米国は新しい戦略としてある「方法」を準備していた。その方法がまさに、約150地区の降伏によって堰を切ったターリバーンが軍事検問所と駐屯地を落とし数千の武器を手に入れたことだ。この事態を前奏曲としてうまく利用してターリバーン捕虜7千の釈放へとつなげる。また短期間に多くの地区を手に入れることによって、パキスタン人の民兵であるターリバーンは自らに交響曲を奏でる組織力があることを誇示できた。そこで3か月間の停戦を受け入れると言い出した。しかも7千の捕虜が釈放され新戦力につらなるのだからターリバーンにとっては一石二鳥である。

経験豊富で技術もあるパキスタン人教師をもつターリバーンは3か月の停戦を受け入れることで利益を得るはずだ。必ずやその3か月で地区にある塹壕を強化しおえる。必ずや市民を残酷に迫害して誰もが立ち上がれないよう押さえつける。そんな状況なので、国が内戦に突入する可能性はもっとも高まる。国内でも強固な要塞と新鮮な戦力をもつ州への供給ルートを間違いなく彼らは遮断する。

どうすればアフガニスタンで抗争が終わるのか?

アフガニスタンの30年戦争に終止符を打つには、当事者の何名かが交戦規定を変えねばならないだろう。だれだろうとアフガンの当事者がひとりでそのような変化に影響を与えられるとは到底おもえない。交渉し、妥協し、せまくるしい個人的部族的利益よりも国家の利益を重視する習性などだれも見せたことがない。

公式にアフガン和平会談が始まってから1か月以上たったが、アフガニスタンの戦争を終わらせる努力は暗礁にのりあげている。それでもっとも不利益をこうむっているのがアフガン女性である。多くの点で交渉のこころみは頓挫しているが、ターリバーンは政府内のとある一味と共謀して攻撃を激化させている。アフガニスタン国内での米国の軍事的役割がどう進化するかに、すべての陣営がいま注目している。

ロシア大統領の代理人ザミール・カーブルは次のように述べた。「アフガニスタンの平和への道はまず外国勢力の撤退だ。そして両陣営をコントロールする力を持つ連立政府をきずく。わが国の政治家や軍人はアフガニスタンで十分な戦争体験をもち、この国ではいくら兵力を使っても平和は確立されないとたびたび忠告してきた。こんにち米国はかつてソ連がアフガニスタンでおかしたのと同じ過ちを繰りかえしている。アシュラフ・ガニーの政府は傀儡にして無能な政府でありアフガニスタンの全領域をコントロールできていないとわが国の専門家は見ている。わが国と特に中央アジアの国ぐには自らの利益のためにターリバーンとの二国間および多国間の会談の継続を支援する。」

専門家たちは信じている。パキスタン、インド、イラン、ロシア、そして中国との同意なしでは平和への道が困難だと。また米国政府の新戦術にとっては、その領域におけるみなの協力が今まで以上に関係してくると。その新戦術とは、ドーハ同意の未来を再吟味するという口実のもと米国がくだす最終決定であるべきで、アフガニスタン国民の見解を無視してターリバーンと裏口でとりきめるものではないというのが専門家の見方である。米国はアフガンの政治勢力と共働して連立政府の樹立を支援するだろうか? アフガニスタンに少数の米兵がのこれば戦争を終わらせられるのか? 20年の戦争経験は、そんな奇跡が決しておきないことを示している。戦争と平和の未来は、その領域の国ぐにと米国との関係の未来によってより大きく左右される。特に米国が国益への脅威ととらえているロシアと中国に対する関係である。国際関係が悪化すれば、アフガニスタンをめぐるゲームはより危険なものとなるだろう。

アフガニスタンのおおくの国民は目下の抗争、摩擦、混乱が政府の構造や体制に関連していると信じている。「長い歴史の流れのなかで、中央政府においてはある民族グループがもっぱら独占して意思決定をなし、不公平にも他の民族にその決定をおしつけてきた」とアフガニスタン国民議会党(NCPA)の代表ラティフ・ペドラム(Latif Pedram)は述べた。ほとんどの国民と同様、われわれが支援するのは共和的な形態の政府をもつ各州が連合して機能する連邦共和国である。各州を発展させるために、そして国全体では権力分散や国家形成の過程で、多数派が積極的役割をはたす機会にめぐまれるこの形態の政府には、ほとんどの人びとが賛成している。しかし腐敗した中央政府は意思決定の過程において過半数の意見を否定し無視するので、連邦制がとられることはこれまでなかった。アフガニスタンを助けるため外国から何十億ドル分もの支援が注がれたにもかかわらず。

国の内外にかかわらずアフガニスタンのほとんどの政治家によると、アフガニスタンの人びと全員の利益のために正義と安定を達成できる最善の解決策は連邦制度である。米軍が品位をもって撤退し、国が再び完全な独立をはたし、そして連邦化されることがアフガニスタンの人びとの要求である。それらが長引く社会不安を終わらせるための必須条件で、国をひとつにまとめアフガニスタンの戦争を終わらせるための前提条件となる。

カルザイとガニーという腐ったギャングたちによる米国仕立ての政府のもと不正、不安、失業、そして差別と身内びいきがはびこったため、こんにち多数のアフガン人が国から逃げだし外国に亡命している。国をはなれると、みなが法にしたがうべきで、だれも法をこえる存在であってはならないことにきづく。外国にくらしたからといって、その国の文化と歴史を読みきり、世界の文明と知識を手にいれたわけではないが、実際にきづく。統治者や大統領は公衆を守るべきで、人びとの社会的政治的権利を守るという義務をはたさないなら安全を担保できないと。そんな為政者たちは引退し、あらたに選出された大統領にすげかえられる。アフガニスタンの国民は統一、平和、兄弟愛、そして進歩を欲している。ほかのしあわせな国ぐにでのように彼らも個人の自由、人権、そして社会的尊厳の恩恵を享受したいのだ。

どんな行動をとる必要があるのか?

何がおこりそうなのか? ターリバーンと腐敗した政府の両方に国民が打ち勝つためひとつになることこそが、いかなる組織と集団の利益よりも優先する。女性の権利と個人的社会的自由をいくらまもろうとしても、相手がイスラム的政治ならば、ただあらたな攻撃をうけるだけだ。しかし進歩的な女性がたちあがり逆に攻撃を仕掛ければ、それはターリバーンの残虐性に対する重要な防波堤となる。そんな逆襲は女性の権利をすぐさま体系だてて前面におしだすことを意味する。女性たちの抗議の声を結集して、いま何よりも先に世に問わねばならない。大きな抗議のちからがアフガニスタンの外でも知れわたる。うまく組織化し順序だてれば、生きた屈強なちからとなる。抗議の叫びがこだまする。ターリバーンと腐った政府から女性を擁護する声を全都市の広場であげて、世界の世論を味方につけるのだ。

ドーハで捕虜交換の割り当てに合意したことで、この領域における競合国はターリバーンという残忍な怪物を認め、権力への道をととのえ、彼らが清らかだと保証してしまった。その影響はあまりにも大きく、ターリバーン自身が獲得したいつわりの権力を簡単には消化できないありさまだ。西側諸国にとっては一件落着のようだが、世界中でイスラム系テロの危険がたかまっている。アフガニスタンでは彼らの手におちる地域が増えている。政府はつねに真実を隠し自慢ばかりするが、ターリバーンの占拠範囲は実際ひろがりつつある。警察も軍隊も抵抗は弱々しく動きはまったくのろまなため、いくつかの大都市は事実上包囲された挙げ句に降伏してしまった。カーブルの支配勢力からの命令で前線を放棄し戦場からにげだした指揮官も何人かいる。タジキスタン、トルクメニスタン、パキスタン、イランとの国境にある主要な検問所6か所を強奪して管理下におさめているので、こと国境に関してはターリバーンが戦略上優位にたっている。つまり人々の入出国、財源としての輸出入、とくに麻薬売買の促進は彼らの思いどおりとなっている。30万もの屈強で訓練をかさねた陸軍がひとにぎりの残忍で根なし草のテロリストに対し、規律そっちのけで逃亡した。この抑制なき野蛮行為に対し立ちあがり勇敢に抵抗できるのは国民の力と決心のみである。

アフガニスタンの現体制は米国と国連の軍事的支援におもく依存している。ターリバーンはその援助をさしとめて自らの勢力を強めようと画策している。あすにでも内戦がはじまろうという不安定な状況で、米国と西側諸国はアフガニスタンを去ろうとしている。そんなときだから、近隣の国ぐにこそがアフガニスタンでの内戦勃発を阻止する必要がある。

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