緊急インタビュー◇シリーズ<2> 

アフガンの人びととターリバーンが直面する課題
Challenges Facing the Taliban and the Afghan people

ファテー・サミ (Fateh Sami)
2021年8月25日 (25 August 2021)
ウェッブ アフガン イン ジャパン(Web AFGHAN in JAPAN: WAJ)はアフガン人研究者、元カーブルタイムズ編集者、SBSラジオ放送局アシスタントで経験豊かなフリーランスジャーナリストであるファテー・サミ(Fateh Sami)氏にインタビューを行った。このインタビューは2021年8月20日にファテー・サミ氏になされた「ターリバーンはなぜ、かくも速く、全土掌握できたのか?」の続編である。聞き手は野口壽一。3回連載のうち以下はその第2回。

 

 

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WAJ: 前回のインタビュー「ターリバーンはなぜ、かくも速く、全土掌握できたのか?」はありがとうございました。西側のメディアはこの点に関し、さまざまに批評しています。たとえば「アフガン国軍が予想以上に弱かったから」とか「戦闘意欲がなかった」とか「ターリバーンが強かった」などなど。真相を知らなかった日本の読者は、あなたの鋭い指摘に触れて真実を知って驚くとともに、状況の本質を知ることができました。2回目の今回のインタビューではこの点についてより詳しくお話しください。

SAMI: ターリバーンの宣伝は誇張されています。そもそも彼らがアフガニスタンでその勢力圏を急速に拡大できたのは、第5列(裏切り者)として知られている政府内の特定サークルの共謀と協力のもと、アシュラフ・ガニー傀儡政権の助けを借りたからでした。政府内にターリバーンの支持者がいて、その強さを誇張したのです。しかし闘争を続けその支配をかためるために、ターリバーンはいまいくつもの課題に直面しています。ターリバーンには、発展、福祉、経済に関する政策も、包摂的な政府を樹立する意志もありません。彼らはイスラム首長国に忠誠を尽くすと常に語り、自分たちへのいかなる形の抵抗も避けるよう警告しています。反対する集団を力ずくで無条件降伏させて、あらゆる状況をコントロールしたいと考えています。彼らの忠誠は、包摂的な政府の創設という考えとはまったく正反対のものです。したがって、包摂的な政府というのは宣伝で、自分たちに対する反乱を防ぐための口実に使っているだけなのです。

WAJ: 確かに、政権内の裏切り者が降伏を指示したため国軍は戦わずに降伏したようです。しかし、もっと重要なことは、米国がドーハ会議で次の政権としてターリバーンを認めていたことです。ガニー政権は、出身ルーツが同じターリバーン軍との内戦を避けて、徹底的に戦わないよう軍隊に命じた可能性があります。したがって、ターリバーンに対するアフガニスタン国民の抵抗闘争が始まるまでには時間がかかるのではないでしょうか。

SAMI: アフマド・マスードが率いる北部レジスタンス軍は、人びとに希望を与え、カーブルのターリバーン指導者にとっては悩みの種です。ターリバーンが全国のほぼ80%をすでに征服し従えていると考えていた国ぐにとっても、わずか1、2週間のうちに残る80地区を速やかに占領できたことは驚きで、その裏にはガニー、カルザイそれにドーハ和平協議での米国特別使節ハリルザドらの協力があったことに気づきました。だからいまや北部レジスタンス軍のみが希望の担い手なのです。またターリバーンは登場し初めの頃はアフガニスタンで唯一の誰もが認める勢力でした。そのため、中国、ロシア、イランはターリバーン政府が樹立されれば承認する用意がある、と最初に表明しました。

WAJ: 国内での反対運動が立ち上がる前に、周辺諸国とくにロシアや中国の動きが重要なのではないでしょうか?

SAMI: しかし現在、ロシア外務省は、アフガニスタンの将来の政府の構造がどうなるかわからないので、ターリバーン政府を承認できないと述べています。ロシアの政治家でロシア自由民主党の指導者であるウラジミール・ヴォルフォビッチ・ジリノフスキーも、最近の発言で同じ考えを述べています。「そもそも、私たちはまだアフガニスタンについてどうするか検討していません。まだ承認もしていないんです。私たちが考慮しているのはタジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンなどの共和国支援であって、アフガニスタンからいかなる影響も受けないことを望んでいます。私たちはアフガニスタンの北部の建設にかかわりましたし、アメリカ人とも協働しました。しかし、アフガニスタンのパシュトゥーン人はパキスタンにいるパシュトゥーン人と団結してパシュトゥーンイスラム人による国家を樹立しようとするでしょう。」と彼は繰り返し述べています。

WAJ:  アフガニスタンがパシュトゥーン国家になるのは、他の民族には納得できないのではありませんか。

SAMI:  彼(ジリノフスキー氏)は、アフガニスタンの分割とタジク人、ウズベク人、トルクメン人との協力を強く支持しています。同時に、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンなど近隣諸国の強化を支持しています。状況が悪化した場合、アフガニスタンの分割が、アフガニスタンの領域および近隣の勢力によって検討されるでしょう。

WAJ:  連邦制ではなく複数国への分割、と聞くと、私は1979年にPDPAがソ連の軍事援助を要請した時の理由を思い出します。そのとき言われていたのは「アミン(訳注1)は、アフガニスタンを4つに分割するために、外国勢力、つまりパキスタン、米国、ムジャヒディーンらと共謀している」というものでした。

SAMI:  旧ソビエト連邦がアフガニスタンに軍隊を送ったときから今日までアメリカ人とイギリス人は、長年にわたってパキスタンの助けを借り、さまざまな衝突を利用してアフガニスタンの安全を脅かしてきました。その後、ハミド・カルザイとアシュラフ・ガニーらの操り人形体制を導入し西側諸国からマフィアグループも呼び込んで、日々、状況を悪化させました。介入の直結的な結果としてすべてのシナリオが遂行され、その黒幕はアフガニスタンのいわゆる平和のための米国特使ザルメイ・ハリルザドのような米国の無能な外交政策顧問や使節たちでした。この領域でのロシア・中国ペアと米国および同盟国ペアとの競争は、アフガニスタンの現在のカオス状態の副産物である、とアフガニスタンの政治アナリストは、信じています。

WAJ:  米国、英国、ロシア、中国間の国際対立はむしろアフガニスタン内の紛争の反映だということでしょうか?

SAMI:  もちろん、アフガニスタンを分割する案は現在公然と議論されています。長年アフガニスタンと友好関係にあるインドも、事態の進展を待ち望んでいます。パキスタンがアフガニスタンを支配していると感じられた場合、インドとパキスタンの間で軍事紛争が発生する可能性があります。ガガン・バクシ少将(訳注2)のナレンドラ・モディ首相への注意喚起と警告によれば、この可能性は無視できません。米国は、ターリバーン政権が樹立されれば、中国がシルクロード輸送ルートの建設に成功する可能性があるため、中国によるターリバーン政権の承認を恐れています。もちろん、アフリカとヨーロッパへの中国輸送ルートの拡張は、米国およびその緊密な同盟国の立場および経済戦略と対立します。

WAJ:  確かに、米国・英国・ロシア・中国間の紛争にインド・パキスタン間の紛争が加わります。対立を深める外部環境がアフガニスタン内の紛争の副産物であると考えると、将来、アフガニスタン内の紛争はどうなるのでしょうか。

SAMI:
アシュラフ・ガニーの詐欺的な政府に所属した一部の人びとの存在ですが、例えばアムルラー・サレー(Amrullah Saleh)は、信頼できる人物ではありません。彼は第一副大統領でしたが、ターリバーンがカーブルに入ったとき、パンジシールに逃げこみました。しかし自分の出身地であるパンジシールの抵抗勢力にも信用されず、その多くは歓迎していません。現状況下でも、彼は日和見主義的、利己的で、ガニー政権を支えた外国のスパイとみなされ、疑われています。ガニー政権の腐敗したシステムに巣くう政治ブローカーとして知られている他の何人かの連中も、将来、問題を引き起こす可能性があります。

確かに、北部での抵抗の高まりとともに、ターリバーン過激主義に反対している諸外国は北部での抵抗を擁護し支持しています。アーマドザイ族のパシュトゥーン人が、国防大臣、国家安全保障大臣、内務大臣や、司令官および高官として高い地位を占めてきました。しかしガニー大統領の逃亡・失脚と政権崩壊の後、そうした治安システムも崩壊し、北部レジスタンス戦線を強化することが可能になりました。最善の方途は、北部で戦争を継続し、新しく解放区をつくり、経済封鎖のリスクを回避することです。そうなればターリバーンは暴力によって蜂起を抑圧することなく、包摂的な首長国の設立にむかうでしょう。

さもなければ、ターリバーンへの忠誠はつまるところ、イスラムカリフ制や中世主義と同様のターリバーンイスラム首長国への絶対的な忠誠へと行き着きます。「忠誠」という言葉は、「全国政府」とはまったく異なります。今後の展開や状況の進捗は、怒濤の現状と政治権力の空白のもとでは正確に予測できないさまざまな要因に左右され、もちろん制御不能です。

WAJ:  今回も詳細な話をしていただきありがとうございました。状況の変化は急速、進展し始めたばかりです。今後どのように変化するか予測は困難です。しかし、私たちは政治批評家のように未来を予測するのは好きではありません。それは無責任な態度だと思います。私たちが本当に知りたいのは、平和と進歩を望んでいる一般の人びとが、40年以上にわたるアフガニスタンの混乱の中で何を考え、なんのために行動したいと思っているのか、ということです。引き続きそのようなお話をお聞きしたいと思います。

(訳注1)アミン(Hafizullah Amin):(1929年8月1日 ~ 1979年12月27日)アフガニスタン人民民主党(PDPA)第2代革命評議会議長。ソ連軍侵攻後の12月27日戦闘中に殺害された。

(訳注2)ガガン・バクシ少将(Major General Gagan Deep Bakshi): 1950年生まれの、退役インド陸軍将校。インドとパキスタン1999年7月まで戦われたキルギル戦争で大隊を率いて戦い叙勲している。インド政府の立場から論陣を張っている。

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