Causes of the failure of the US occupation of Afghanistan in 20 years<5>

 

ターリバーンのカーブル占拠後の情勢概見

A glance over the situation after the Taliban in Kabul

 

ファテー サミ (Fateh Sami)
2021年11月22日 (22 November 2021)

・ なぜパキスタンはターリバーン政権の承認を求めて奔走しているのか?
・ なぜパキスタンはアフガニスタンの対外預金封鎖の解除に関心を持つのか?
・ カーブル大学のファイズラ・ジャラル教授がアフガニスタンの現況について議論
・ 文化的価値観およびアフガン人の90%が使う主要言語であるペルシア語-ダリー語の破壊に熱中するターリバーン
・ 焚書するターリバーン
・ 条件付き宗教書の印刷
・ 女性ライターの活動禁止
・ アフガニスタンへの書籍輸出が許可されるのはパキスタンのみ
・ 女性ライターの逮捕
・ 書店からの書籍の回収
・ 文化と芸術の衰退

 

20年間に殺されたアフガン国民

過去の戦争と内紛とにより、アフガン社会はきわめて脆弱になっていた。そこへ今回の戦争が共鳴してもたらした悪影響のひとつに病気発生率の上昇がある。その背景には清潔な飲料水の不足、栄養失調、そして医療サービスの低下がある。短寿命をもたらすほぼすべての要因(貧困、栄養失調、劣悪な衛生状態、医療サービス欠如、環境悪化)に、今回の戦争が拍車をかけた。一方、2001年以来、戦乱地域では241,000人以上が戦死したが、そのうち71,000人以上が民間人だったと2021年4月の時点で推定されている。また、見捨てられたアフガニスタンには多くの不発弾が眠ったままで、日常生活で移動するたびに何万人ものアフガン人、特に子供たちが殺されたり負傷したりしている。

米軍とその同盟軍が侵攻してから撤退するまでに殺されたアフガン人は250万人を超えると推計されている。だが、実際の数字は不明だ。報告されている数字よりはるかに大きいのは間違いない。

アフガン戦争は、暴力の直接的な結果に加えて、公衆衛生、安全保障、およびインフラの崩壊を招くことで、今も人命を奪い続けている。民間人も、銃撃戦、即席爆発装置(IED)、暗殺、爆撃によって殺された。空爆と反乱の疑いのある家への夜間襲撃とでは大規模な民間人死傷者が出た。

 

カーブルへのターリバーン登場後の状況

逃亡者アシュラフ・ガニー(Ashraf Ghani)偽大統領、いわゆるドーハ和平交渉の米国使節ザルメイ・ハリルザド(Zalmay Khalilzad)、パキスタン諜報機関と協力したターリバーンの大支援者ハーミド・カルザイ(Hamid Karzai)前大統領らが企てた陰謀どおりに抵抗なくカーブルに入ってから3か月間、ターリバーンはカーブル宮殿を占領しつづけている。それ以来、アフガン人は不安で悲惨な状況下で暮らしている。

ハリルザドは、アフガニスタンをパキスタンに売却する際、ひと昔前の植民地総督の役割を果たした。彼はアフガン人からは、民族の裏切り者、外国の手先、そしてユノカル社の代理人とみなされている。彼はもともとアフガニスタンをパキスタンへ売り込む営業担当者として知られていたのだ。そればかりか1979年の親ソビエトPDPAクーデター後の混沌とした状況のなかで、とくに2001年からの20年間、自らの間違ったかつ偏ったアドバイスを通じて破壊、殺人、流血を引き起こしたのもこの男である。

ハリルザドは舞台裏でターリバーンと陰謀を企てていたが、アフガン人は和平交渉の詳細について知らされていなかった。彼は、ターリバーンへの民族的および人種的な親近性のゆえに、アフガン人と米国当局者に極端派としてのターリバーンの本質について繰り返しウソをつき続けてきた。ハリルザドは恥知らずにも、以前の誤ったアドバイスを正当化するために、20年前と比べて女性の権利、女子教育、他の民族の権利、アフガニスタンの住民の権利について、ターリバーンの考えは変わったと主張している。しかし、ターリバーンはまったく変わっていない。ハリルザドの言いぐさは完全なるウソだ。それどころか、彼らは前よりも過激で残虐になっている。ハリルザド自身は最近メディアに再登場して自分のせいではないといいたげだが、人々はターリバーンの再出現を目の当たりにした。ハリルザドがあちこちメディアで語る中身は自らの無慈悲な裏切り行為という大失態の隠蔽でしかない。

アフガニスタンの国民に言わせれば、ハリルザドは腸内ガスを大音量で放出してなお安座するがごとく、裏切りを正当化しようと必死になっているにすぎない。しかし、もう手遅れだ。国家を危険なほど混沌とした状況にさらした後でメディアでナンセンスな話をしているのを国民は許さない。ハリルザドはアフガニスタンの現状に完全に責任があり、その悪行は訴えられ調査されるべきだ。さもなければ、パキスタンで誕生しターリバーンという名前でアフガニスタンに輸出されたテロリストに関して責任を負うのは米国政府である。

 

ハリルザドの裏切りの記録

公表されたターリバーン・米国合意文書のいくつかの条項を見ると、アフガン人に対するハリルザドの裏切りが明らかになる。狂信的排他主義者としての野心を果したいハリルザドのような人が世界の眼前で米国政府にひどく恥をかかせれば、政治的スキャンダル化して防衛上の機密漏洩になるだろう。それをどうして米国が気づかなかったのかは重要な問題である。

過去20年間のアフガニスタンに対する元米国特使としてのザルメイ・ハリルザドのパフォーマンスを見ると、その間にアフガニスタンに対してかなり破壊的な仕事をしたことがわかる。その結果、ターリバーンが政権に復帰し、共和国が崩壊し、20年にわたるすべての業績が破壊された。ターリバーンとの米国交渉におけるハリルザドの役割はターリバーンのスパイと見なされるべきで、その間違った邪悪な政策が国家を破壊した。ハリルザドは、アシュラフ・ガニーと協力して、アフガニスタンでのパシュトゥーン人の絶対的な主権を回復し、他のすべての民族グループを排除する計画を首尾よく成功させた。

アフガニスタンの国民は、自分たちがハリルザドとアシュラフ・ガニーによって仕組まれた裏切りの犠牲者であると自認している。陰謀に包まれた米ターリバーン会談の結末が明らかになった後、米国政府当局者は、ハリルザドにうまくだまされたことに気づいた。彼は米国を世界の舞台で失敗させた。言い訳はできない。アフガニスタンで米国政府が敗れたことに対する初の政治的いけにえとして彼はぶざまにもクビになった。ハリルザドは、アフガン人の政治と文化の知識を持ち、かつアフガニスタンの指導者の心理に精通していた。カーブルは一発の弾も撃たず、何事もなくターリバーンに引き渡された。何人かのアフガン軍司令官は、問題は終わった、最前線はターリバーンに委ねられたので戦わず武器を置け、とハリルザドから連絡があり忠告されたと述べている。過去20年間の西側と周辺諸国のすべての代理人はターリバーンへ権力を再び引き渡すようハリルザドに命じられていたようだ。カーブルとアフガニスタン全土を掃き清め20年前よりもきれいにする義務を負わされた上で。

今日のアフガニスタンは、再建に数十億ドルが費やされてきたため、20年前とはまったく別物だ。米国がアフガニスタンを世界からさげすまされるような地位に置きざりにした今、ハリルザドはフィナンシャルタイムズとのインタビューで次のように述べている。「アシュラフ・ガニーは、逃亡によって、平和的政権交代の計画をすべて台無しにした。アシュラフ・ガニーはしばらく大統領職にとどまることになっていた。カタールでの(ターリバーンとアフガン政府の)和平交渉が難航する中、彼はアフガン政府を運営し続けたが、交渉が終了する前に、アフガニスタンから逃げ出した。彼の逃亡により、私たちの計画はすべて効果を失った。アシュラフ・ガニーは、もはやアフガニスタンの政治に出る幕がないことを知っていた。ターリバーンが和平交渉を継続することの前提条件だったのだから、彼はいずれ辞職するはずだった。また、われわれもターリバーンと合意して、交渉が終了するまで彼らはカーブルに入らないと取り決めていた。だがアシュラフ・ガニーはリスクを冒すことなく、殺害の脅しに屈して逃げ出した。ガニーは抵抗の道を選び、大統領宮殿の崩壊に伴い、治安部隊はカーブルの治安に対する責任を放棄し、軍はまたたくまに崩壊した。」

ハリルザドはこのインタビューで自分への批判をかわそうとしたけれど、初っぱなからハリルザドがターリバーンに対して妥協的なアプローチをしたのを見れば、交渉相手としてターリバーンを採用すると装ってじつはパシュトゥーン人を絶対的権力に復帰させようとしていたのがよくわかる。ターリバーンは息を吹き返した。そうでもしなければ、どううまく交渉しようが、他の人種や民族を排除してこれほどの国家権力をパシュトゥーン人だけに引き渡すことはできなかった。2002年にアフガニスタンに着任した当初から、ハリルザドは影響力のある政治家、特にジハード指導者や司令官を排除する計画に着手した。自分が何をしているのかをよく知っていたのだ。

彼は、影響力あるどんな人物でもターリバーンの政権復帰を邪魔できない状況を作り出した。彼はヘラートで緊張を作り出し、強力なジハード司令官であるイスマーイル・ハーン(Ismail Khan)をカーブルに移送して西アフガニスタンにおける影響力を失わせた。ハリルザドはまた、アフガニスタン北部の強力な勢力を排除し、ジャミアテ・イスラミ党の内部に分裂を生み出す工作をした(訳注:ジャミアテ・イスラミ党の主力はタジク人)。

ハリルザドの政治ドクトリンは、権力は再び完全にパシュトゥーン人の手に委ねられるべきであり、アフガニスタンでのパシュトゥーン人の覇権は否定できない権力原則だというものであり、彼はさまざまな計画を通じてこの固有の欲求の実現を目指していた。ハリルザドの他の活動は共和党員としてのものであり、アフガニスタンでのスキャンダルを利用して次の米国選挙で民主党が敗北するようにすることだった。(訳注:実際、トランプを当選させて共和党大統領を実現した)

アメリカ人がターリバーンと交渉を開始し、ターリバーンを実際に認め、両者間で条約が署名される数か月前から、ターリバーンに対するワシントンの態度が変化のきざしを見せていたのは明白だった。ハリルザドの立場は劇的に変化し、ターリバーンを事実上の政府として認めた。ドーハ合意の条項には、ターリバーンは米国の反対者にビザを発行してはならないと規定されている。このように、1年前(訳注:2020年2月)、ターリバーンは米国から政府として認められ、その時から新しい計画が立てられていることは明らかだった。アフガン人へのハリルザドの裏切りは多次元かつ広範囲なため、長い時間をかけて個々の事実を解明することでやっと悲劇の全貌が見えてくるだろう。

ターリバーンは、アフガン人に対してだけでなく、国の人口の半分を占めるすべての女性に敵対している。彼らは非パシュトゥーン人といまだに戦争を続けているのだが、愛国的なパシュトゥーン人とさえ戦っている。

-ハッカーニ(Haqqani)グループは、パキスタンの代理戦争の道具だった。パキスタン元大統領のペルベス・ムシャラフ(Pervez Musharraf)将軍は、ターリバーンの首謀者ハッカーニを「ハッカーニはわれわれのヒーローだ!」と呼んだことがある。

20年間、自爆テロ、暗殺、誘拐、車や路傍の爆撃、連続暗殺はすべてターリバーンの仕業であって、彼らはISISやアル・カイーダ、そして他のテロリストグループと密接な関係がある。

もうひとつのグループは、ムッラー・バーダル(Mullah Baradar)とムッラー・ヤクブ(Mullah Yaqub パキスタンで最初のターリバーン指導者であるムッラー・オマル Mullah Omar の息子)が率いるカンダハールターリバーンだ。このグループは極端派サラフィとワッハーブ派のイスラーム主義者につながり、サウジアラビアから財政的、政治的、経済的、宗教的に支援されている。このグループもまた、自作のナンセンスなイスラームで、イスラームのすべての他派とアフガニスタンの国民は殺されるべきだと思い込み、聖コーランの教えも戒めも通用しない。ターリバーンは最近カンダハールで悪質な犯罪を犯したが、それはこうした極端派および過激派グループが決して改善されず改悪あるのみという小さな例である。

ターリバーンの3番目のグループは、パキスタンの過激派イスラーム学校で訓練を受けた連中だ。彼らは、偏狭な見解からすべての人びとを非信者および/または非信者の国とつながる者と見なしている。
このように、ターリバーンはアフガニスタンの住民を人質にして、抑圧、飢餓、破滅の状況におとしめている。残忍なターリバーンは、あらゆる人道的、イスラーム的、さらには国際的な法律を順守せず、文化・言語を破壊し、社会から女性を排除し、銃をもって支配するために行動している。

過去の歴史においてアフガニスタンは絶え間なく外国から侵略されてきた。わが国民は団結して自由、独立、領土保全を勝ち得ることができた。しかし外国軍を打ち負かしはしても、その後何らかの形で外国からの干渉によって自国の運命を選択する権利を妨害されてきた。過去20年間、国民は、国民の意志を無視した外国勢力によって樹立または支配された不人気な政権や国家の裏切り者によって人質にされてきた。

政権は、誤ったお題目を掲げ、正義と国民の味方であるかのように振る舞ってきた。さまざまな民族グループを分裂させ不仲にするためのツールとして単独行動主義と極端主義が利用され、アフガニスタンの歴史における悲劇的な戦術となった。それは国家の統一、社会的進歩、共通の人道的利益を妨げる主要な要因として歴史上長く存在してきた。領域的・国際的な協力がなければアフガニスタンで永続的な平和を維持するのは困難だ。

今日、アフガニスタンは困難かつ歴史的な試練に向き合っている。この決定的な瞬間、国民は暴力的な政権の支配下にいる。それはアシュラフ・ガニーの腐敗した政権が逃亡し、そのチームが陰謀によって崩壊した後のターリバーン政権だ。アシュラフ・ガニーの腐敗した政権は、米国とその同盟国の奴隷の輪につながれていた。傭兵たちは国民の生存権を奪い、貧困と飢餓に追い込み、外国から寄付された数十億ドルを略奪した。

人びとはターリバーンの増大する暴力が心配だ。女性、芸術家、音楽家、民族グループに対する暴力は、社会的、経済的、政治的活動への参加が残酷に抑制されているためとくに懸念される。ターリバーンは自らが望むことを何でも人民の名の下に行うが、それは人民の意志ではない。このようなやりかたは、国の将来に危険な結果をもたらし続けるだろう。ターリバーンは頑迷固陋のゆえに、アフガニスタンが20年間占領されていたことを忘れている。国民が依然として過去20年間の政治と政治家に憎しみを持っており、かつターリバーンをパキスタンの傭兵とみなしていることをターリバーンは理解する必要がある。

世界中の国々、特に米国は、今のところターリバーンの承認には消極的で、秘密外交を求めている。ターリバーンの高官は、次のように言っている。「次なる政府を率いるわれわれはアフガニスタンに外国の軍事基地をつくらせない。アフガニスタンは積極的中立政策を支持し、諸外国とは二国間および多国間協力で対応する。われわれは米国を打ち負かしたのだ。」なんたる大嘘。ターリバーンの野心と暴力は、アフガニスタンの内外で懸念されている。最重要事は、ISIの指導下にあるターリバーンが、ロシア、中国、イラン、および中央アジア諸国との関係強化に関心を持っていることだ。ターリバーンは米国が敗北してアフガニスタンを去ったと認識し、米国との戦争に勝ったと自慢し、独立した政策を遂行すると主張しつつ、反米諸国に協力を求めている。

 

パキスタンはなぜターリバーン承認のために奔走しているのか?

ターリバーンの父としてのパキスタンは、ターリバーン野蛮政権が国連、米国、そして中国やロシアを含む他のヨーロッパ諸国によって公式に認められるよう努力を尽くしている。正しく文書化された証拠によると、1996年から2001年までのターリバーンの支配下では、女性は有給の雇用、教育、公の場から締め出され、通常は顔を覆い、男性の親戚が同伴しなければ外出できなかった。それはニュースで伝えられている通りだ。

ターリバーンの野蛮な行動は今、狡猾になってはいるが、最も激しくなっている。ターリバーン政権は陰謀によって国民に押し付けられた。アフガン国民は彼らに対して慢性的な憎悪を抱いている。国内と国外での抗議は、人びとの落胆の鮮明な実例である。

ターリバーン政権とパキスタン政府は、数十億ドルのアフガニスタン中央銀行準備金の凍結解除を求めている。大量の飢餓と新たな難民危機の原因は、パキスタンISIの助けを借りたターリバーンの占領の結果だ。
その数十億ドルの資産をアフガニスタンは、米国連邦準備制度やその他のヨーロッパの中央銀行など海外に預けているが、それらは凍結解除されるべきである。

 

なぜパキスタンはアフガニスタンの金融資産の凍結解除に興味を持っているのか?  パキスタンがアフガン国民の福祉厚生や貧困状態を心配しているからだろうか?

もちろんそうではない。パキスタンは過去40年間、アフガニスタンでの破壊、流血、暴力の継続、自爆テロ、不安などの主要な加害者だった。パキスタンは、ターリバーンが自分の奴隷であることを認識しており、ターリバーン政権に凍結解除されれば、アフガニスタンの金融資産に容易にアクセスできると考えている。米国がアフガン金融資産を凍結解除しても、アフガニスタンの一般国民や飢餓や栄養失調の危険にさらされている人びとには決して届くことはない。人道支援はターリバーン政権を通じてではなく、国際機関やNGOによって、必要としている人びとに直接提供されるべきであり、アフガニスタン国民と国連職員によって監視されるべきである。飢餓はアフガン人を脅かしている。アフガン人はターリバーン全体主義とパシュトゥーン独裁体制によって人間として生きていくうえで大惨事となる危機にさらされているのである。
ターリバーン政権は、主に狂信的聖職者、過激なパシュトゥーン民族グループで構成されている。彼らは包摂的で多元的な政府という意味を知らず、全国全住民を代表しているわけではない。ターリバーンと米国との秘密外交交渉の内容はまだ明らかにされていない。

 

ターリバーン102日間の施政結果

カーブルにISIが設置したターリバーンというテロ政権では、かずかずの無法と女性および言論の自由への抑圧が目撃され、数多くの殺害、拉致、脅迫、暴力事件の例がメディアに対する厳格な検閲にもかかわらず漏れ出している。アフガン市民に対するターリバーンの野蛮な態度を指摘する人は誰でも、安全が脅かされる危険がある。

カーブル大学のファイズラ・ジャラル(Faizullah Jalal)教授は、アフガン問題に関する討論にしばしば登場した。同教授は現在の混沌とした状況の原因である国の指導者の誤った管理に対して無遠慮で率直な批判をする人として知られている。

2021年8月15日に政権を握って以来、ターリバーンのテログループは、反対派に対する致命的な取り締まりを行い、平和的に抗議する者らを暴力で蹴散らし、ジャーナリスト、写真家、市民活動家を拘束して殴打し、女性の声を残酷に抑制し、芸術家、コメディアン、ミュージシャン、教師らを殺害した。

TOLO TV(訳注:アフガニスタン初の24時間ニュースネットワーク)での最新のインタビューで、ジャラル教授はいまのターリバーン政権の行動を非難した。アフガニスタンの圧倒的多数の人びとの意見を代弁したのである。多くの人が彼を称賛し、率直かつ大胆に意見を述べた彼への連帯を表明した。

2021年11月20日、ジャラル教授はターリバーンが権力を独占し、言論の自由を抑圧していると非難し、次のように述べた。「カーブルの現在の状況に痛みを感じます。人びとは食べるものが何もありません。何のためのセキュリティですか? 誰も何も言うことが許されていません。あなたは人びとを皆殺ししようとしています。国家の支配は、棍棒、バット、テロ、脅迫、いじめなどで行うことはできません。」

ターリバーンのスポークスマンであるナイーム・ワルダック(Naeem Wardak)氏に応えて、ジャラル教授は次のように付け加えた。「あなたはきちんと話すべきです。そのような考え、行動、恐怖支配を行っていて、あなたは自分が森羅万象に対するシンクタンクであると思っているかもしれないが、そうではない。」さらにジャラル教授はインタビュアーに対して次のようにのべた。「彼らは自分たちは独立していると思っているかもしれないが、そうではありません。彼らは国を破壊しているんです。私たちは現実を知っており、アフガニスタンで何が起こっているのかを理解しています。私が言っていることは真実以外のなにものでもありません。

私は目撃しました、自分の目でしかと見ました。ハーミド・カルザイ政権の時代に、パキスタン人を乗せた何百台もの車がアフガニスタンの北に行き、帰りは運転手だけだった。乗客は北で姿を消しました。わが国はすべての市民のものです。1つだけの民族の国ではありません。1グループのための国でもありません。これは4人だけの国ではありません。彼らはみな国益とはなんたるかを知りません。国益とは、ヨーロッパ諸国、中国、インド、イラン、アラブ諸国、西側諸国に反対することですか? 世界のすべての国から反対されるのが、国益ですか? 国益の定義が間違っています。国益とは、アフガニスタンのすべての人びとの利益のために定義されています。それは、国家、領域、国際の三方面をカバーし、国民、領域、国際および超大国の同意によって支持されるものでなければなりません。」

ワルダック氏は無礼で、パキスタンの傭兵であるターリバーンのテログループによって引き起こされた混沌とした状況について聴衆に説得力のある理由を提示することができなかった。それで、彼は突然、ジャラル教授は共産主義者であると主張した。その侮辱に対して、教授は彼を子牛と呼んだ。素朴ででたらめを意味する。このことによってジャラル教授は復讐の標的とされる可能性が高い。

2021年11月21日、勧善懲悪省は、アフガニスタンのメディア向けに、自由な報道を抑制する新しい8ポイントの「宗教指導」を発表した。

ターリバーン体制の承認:ターリバーン体制の承認とは、人道的な原則に一切拘束されないテログループの承認を意味する。ターリバーンの承認とは、ISIS、アルカイダ、その他のテログループを公式に大胆に振る舞わせ、アフガニスタンの約3,500万人の住民を滅ぼすことに他ならない。世界の大国がアフガニスタンとその領域での利益を確保したいのであれば、人種、言語、性別、民族による差別なくアフガニスタンの全国民が関りを感じる政府をもたらすために工夫する必要がある。しかし、アフガニスタンで何千人もの人びとを殺すという恐ろしい犯罪を犯した狂信者集団、人種差別的なフーリガンに頼っていては、平和と安全が保証されることはない。

 

ターリバーンは、文化的価値観の破壊と、アフガニスタンの人口の90%の主要言語であるペルシア語-ダリー語の撲滅に熱中している。

ターリバーンはアフガニスタンの書籍市場に関して何をしようとしているのか?

・女性が書いた本をすべて書店から回収している。女性が書いた本を出版することは禁じられている。モハンマド・カリミ(Mohammad Karimi)はイランでアフガニスタン難民として生まれたが、長じて父親と同じく出版と書籍販売にたずさわるようになり、5年前アフガニスタンに戻ってきた。彼は、ペルシア語-ダリー語で書かれたさまざまな小説や物語を読むのがいつも大好きだと言う。カリミは以前インタビューで、次のように語っていた:

「ヘラートやカーブルの街を歩いて本屋を見るたび、子供たちが童話を読みたくても、ターリバーンがそれを許さず本を燃やした時代に思いを馳せます。」さらにカリミ氏は付け加えた。「しかし、そんな困難な時代は終わり、今ではどこを歩いても、どこに行っても、ペルシャ語(ファルシ-ダリー語)の本を見つけて購入でき、私がいつもイランで親しんでいたフィクションとファンタジーの世界にひたれます。」インタビューから1か月も経たない現在、ターリバーンは、ヘラートやカーブルの通りに現れた。私は再びカリミと連絡を取り、新しい状況について彼に尋ねた。しかしこのたび彼は悲しみと絶望を込めてこう言った。「前に話したときは今と大違いでした。今ではすべてが日々変化します。たとえば、書店は開いているかもしれませんが、明日は閉まります。今にもターリバーンの命令で、または店主自身の恐怖心で。」

彼はヘラートのある書店を指し示した。その店にはイランで出版された新しい本が常に輸入され多くの顧客がいたという。「実は以前の仕事からは徐々に手を引きました。15年間も出版と書籍販売でがんばってやっとこの地に来たのに。その過去は無視できずあの書店に通っていました。しかし、約2か月後、状況が変わり、書店はなくなり、店内は完全に空になりました。常連客に尋ねたところ、店主は2週間後には逮捕され、その後店を空にするよう強いられるとのことでした。」

「ターリバーンが以前アフガニスタンにいたころのように、すべての本が禁止され、越えてはならぬ一線が再び引かれるのを心配しています」とカリミは語った。「私が長年父とともに取り扱ってきたのは文学、文化、芸術に関する書物で、その分野には今も強い関心があります。かつての制限がすべて復活すれば私たちはみな心をかき乱されます。」

「カーブルにいる私の友人によると、ターリバーンが登場してから最初の1か月で、彼らは毎日書店を訪れ、非宗教的な本、特にフィクションや詩集を回収したがりました。父の言葉を思い出しました。父は密かに読書すべきだった当時の状況を説明してくれましたが、今われわれが同じ境遇にいるのです。」

イラン・アフガニスタン間の出版分野で活躍しているアリ・モハマディ(Ali Mohammadi)は、この出版における共通市場について次のように述べている。「8、9年前はアフガニスタンの出版市場にはイランから書物が供給されていました。今でも多くのイランの本が、特にベストセラーならなおさら、アフガニスタンでもベストセラーです。アフガン人の出版仲間には、イランで出版されているものはすべて私たちにとって必要であり輸入するべきだと言う者がいますが、私たちもみな同じ意見です。かつては印刷技術の高いイランに持ち込んでわれわれの本を出版さえもしましたが、今ではすべてが変わってしまいました。」

「今の状況についてお話ししましょう。状況は非常に複雑で、どの本は許され、どの本はだめか規則はまだありません」と彼は続けた。「すべてはまだ噂の段階です。たとえば、フィクションや詩、さらには哲学の本は書店に置くべからずという者がいますし、その類いは出版自体が禁止とも言われています。また現在イランからアフガニスタンに入る本はないという者や、かつてほとんどの本はイランから来たが、今ではパキスタンから来るという者もいます。たしかに密輸する以外イランから本を入手する術は今のところありません。アフガニスタンにとって本の輸入元はイランです。イランで出版された書物は、アフガニスタンの学術界に歓迎され、教授らによって主要な情報源として紹介されています。しかし私の観察によれば、技術、工学、または医療の分野では、イラン発のペルシャ語による情報源はあまり利用されていません。小説や物語の分野では、主にイランの作品がアフガニスタンに紹介されています。ただ現時点では何もできず、将来何が起こるかを見極める必要があります。」

 

ターリバーンによる焚書

モハマディは、ターリバーンがアフガニスタンを支配した時代について、次のように述べた。「アフガニスタンで私たちは、2000年まで多くの制限を受けていました。内戦のせいで、政情不安にもターリバーンによる書店や出版社に対する厳しい検閲にも真の注意が払われませんでした。ターリバーンは政府機関がこしらえた書物目録に従って、いわゆる発禁本を焚書しました。そんな状況下で、出版業界は発展することができませんでした。ひるがえって現在、民間の出版社が、この分野に投資する気を起こすはずはありません。2000年以降、さまざまな好条件が生じているにもかかわらず。

それは表現の自由が叫ばれ、著作権法、およびライターの知的財産を保護するその他の法律が順守されるようになったことです。そのため出版社は投資をすすめ、青空大学に通う学生や、エンターテインメントのために勉強する若者のニーズに応えることができました。 一般的に、ターリバーンの復権前は、すべての経済問題と継続的な政情不安にもかかわらず、民間の出版社はアフガニスタンで活動し、状況はそこそこ安定していました。ところが今、私たちは再びターリバーンに直面しているのです。」

 

条件付き宗教書の印刷

彼はまた、ターリバーン政権の情報文化省から受け取った情報を参照し、次のように述べている。「友人がこの省で働いていて、もちろん解雇されましたが、彼から受け取った情報によると、1996年以前のように、書籍出版業界に多くの変更を加えたいと考えています。出版が許可されているのは宗教書のみであり、科学書やその他の文学書は許可されていません。」

 

女性ライターの執筆禁止

「2000年以降、アフガニスタンの女性は、教育、雇用の権利など、ターリバーンによって拒否されていた多くの自由を獲得しました。しかしターリバーンがカーブルを再占領して以来、すべての市民的および人道的自由を剥奪されています。現在、彼女らは自分たちのスキルを向上させ、発展させることができません。この数年間で、特に詩やフィクションの分野で、女性ライターや教育を受けた人びとの数が大幅に増加しています。政府の支援なしに定期的な読書会がさまざまな文学協会の主催で自発的に開かれてきました。しかし、ターリバーンの再登場により、女性は精神的および肉体的な諸活動が許されず、残酷に抑圧されています。女性が書いた本はすべて書店から引きあげられたと聞いています。他方、女性が書いた本は出版も禁止されています。状況は非常に悪く、先行きは予断を許しません。」

 

パキスタンだけがアフガニスタンへの本の唯一の輸出国

モハマディに今アフガニスタンに来る本について尋ねたところ、彼は次のように言った。「私が知る限り、パキスタンは今アフガニスタンに本を輸出しています。すべて宗教分野の本。そしてもちろんこれらの宗教的な本はイランからアフガニスタンに輸出できません。」これらの本は唯一パキスタンからのものであり、ターリバーンはこれらの本を完全に管理している。次に注意すべき点は、カーブルとヘラートの多くの書店経営者がターリバーンに捕らえられ、その理由は説明されておらず、彼らの書店は完全に閉店しているか、ターリバーンいわく禁止本を選んで回収している。 「状況は悪く、私たちの誰もそれについて本当に何もすることができません。」

 

女性ライターの逮捕

彼はまた、国内での女性ライターの逮捕についても言及した。「ターリバーンがやってきた最初の数日間、女性は多くの抗議をし、その結果、多くが逮捕されました。その中には数人の女性ライターがいて、誰もその後を知りません。ターリバーンがアフガニスタンにいる限り、状況は同じであり、私たちが長年にわたって行ってきたすべての努力は無駄になります。それだけは確実です。以前ターリバーンが去ってから数年で、私たちはわが国の文化と芸術を再建しました。しかしいま突然すべてが崩壊し、何もできなくなりました。」

 

書店からの本の回収

「数週間前、私がヘラートで友人と一緒にいたときのことです。数人が本屋にやって来て、本を一瞥して、たくさんの書物を集め始めました」、と彼は続けた。「彼らはとても冷淡で私たちは口をはさめませんでした。ほとんどの本が集められました、そしてほんの少しの宗教的な本だけが本屋に残されました。去る前に、彼らは私の友人に何冊かの本について軽く説明をするよう頼みました。そのことは彼らが文化と本に対する知識を持っておらず、彼らが加えようとしている制限だけしか頭にないことを示しています。

若者や学生がとても多い私たちの社会で、本を制限付きで出版したり、以前のように密輸したりが必要で、本をプロデュースするのが難しくてもいいと思いますか? 本がパキスタンからだけ来るという事実はそれ自体悲しい話です。あなたが本を愛する若者のことを考えるなら、今彼らのために何かをすべきではないですか? ターリバーンにとっては、見た目で私たちが何もしないから、すべて以前と同じで行くと言うのもありでしょうか。しかし実際にはそんなことはありません。わたしたちにはわかっています、アフガニスタンにわずか数社しかない民間の出版社を相手に、どれだけ多くの制限が課されているかを。」

 

文化と芸術の衰退

アフマド・モハキク(Ahmad Mohaqiq)はその著書「ロシアの歌」がイランで受賞したアフガニスタンのライターだ。「残念ながら、私たちは悪循環にあり、常に出発点に戻ると確信しています」と彼は言っている。「これがロシアの歌のテーマです。ある問題が起こります。かの本ではそれに一章をさきました。それはイスファハンへのアフガニスタンの侵略の問題でした。私は歴史家ではなく、小説家です。私たちの問題、アフガニスタン国民の問題は、国境の外に問題の原因を探していることであり、国内で問題を解決したがらないことだと指摘しました。私たちは20年間民主主義を実践しようとしてきましたが、それは惨めに失敗しました。そして今、私たちは1996年に戻っており、事態が悪化しないよう願うことしかできません。」

「一連の出来事は文化と芸術を破壊しています」と彼はアフガニスタンの文化と芸術の現状に言及して語った。「こんな状況で、ターリバーンに対する私の確固たる立場を述べてくれと頼む人がいます。物語の基本は疑いなのだから小説家にこうした課題について正確にコメントするよう頼むのは非常に奇妙です。正確に話すのは政治家の仕事です。

私はターリバーンを完全に是認したり否定したりはできませんが、文化や芸術が破壊される可能性はあると思います。ターリバーンの到来により、女性の積極行動主義と権利に加えて、文化と芸術も抑圧されつつあります。その一方で、まず相対的な安全が確立されるべきだと言う人びとがいます。この意見は、生計と市民的自由のどちらも大切だととらえる社会の中間層には受け入れやすく、安全は一時的にせよ彼らの暮らしを楽にします。この問題については一般論として明言ができません。状況の変化はあらゆる方向に向かい、改善または改悪されているとでも言っておきましょう。この問題にはさまざまな側面があり、その分析は私の仕事ではありませんが、こと文化と芸術に関しては改悪に改悪を重ねているようです。」

つづく

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