Causes of the failure of the US occupation of Afghanistan in 20 years<6>

 

 国民の裏切り者アシュラフ・ガニーの恥ずべき逃亡と権力放棄の醜い言い訳 

Ashraf Ghani, the national traitor vainly justifies his disgraceful flee and handing over the power to the Taliban

 

ファテー サミ (Fateh Sami)
2022年1月17日 (17 January 2022)

2021年8月15日にアシュラフ・ガニー(Ashraf Ghani)政権が崩壊してから5か月が経過した。政権を転覆させる計画は、じつは数年前から続いていた。政権内で計画された陰謀はゆっくりと、だが着実にターリバーン・テログループによるカーブル乗っ取りを実現させた。体制の崩壊にはさまざまな要因があることが証拠によって示唆される。しかし、アフガン情勢の進展に詳しいアナリストや政治オブザーバーの大多数は、システム崩壊の主な理由は、アシュラフの機能不全、貪欲、利己主義、管理ミス、および政府部内の広範囲な経済的、政治的、社会的および民族的腐敗だと見ている。

アシュラフ・ガニーの国家安全保障補佐官ハムドラ・モヘブ(Hamdullah Moheb)をはじめとする大統領側近、スポークスマン、顧問、そしてアシュラフ・ガニー自身への最近のインタビューに照らすと、嘘と矛盾に満ちたでっち上げの数々が明白に見てとれる。ガニー政府が、アフガニスタンの全歴史、特に過去40年間で最も腐敗し、無能で、分裂的で、ファシスト的な政権のひとつだったことは否定できない理由や証拠に基づいており、それゆえに、わが国は不安定な経済危機、貧困、飢餓、頭脳流出の悲劇に陥っているのである。

アシュラフ・ガニーは、不正選挙、部族分断、個人や政敵に対する生命を脅かす陰謀などを多用した。それらのいくつかについて簡潔に言及する必要がある。アシュラフ・ガニーは、いま述べたように、不正選挙、民族(部族)分断、脅迫、個人や政敵に対する陰謀を弄して権力を獲得したのだ。特に軍事、政治、経済部門で、多くの専門職の従業員と幹部を解雇した。アシュラフ・ガニーは無能であり、すべての分野で統治に失敗している。何度も何度も法の規定に違反し、法的権限を踏み外し、憲法を遵守せず、ファシスト政権の独裁者として行動した。

アシュラフ・ガニーはターリバーンへの権力移譲に尽力した。 2014年にISI(パキスタンの軍統合情報局)の長と会談してターリバーンへの権力移譲が合意された。ただし、ガニーを大統領選挙で勝たせるために協力する、という条件付きだった。その結果、投票した有権者票は100万未満であったが、ターリバーンとパキスタンは、アシュラフ・ガニーが権力を握ることを可能にする広範囲な不正選挙を支援し扇動した。さらにガニーは、軍事、政治、経済部門で、4000人以上の専門職の従業員と幹部を解雇した。

ターリバーンは、アシュラフ・ガニー、ハーミド・カルザイ(Hamid Karzai)、ザルメイ・ハリルザド(Zalmay Khalilzad)の部族偏愛に基づく事前の筋書き通りカーブルに侵入した。ガニー氏の偽の共和国政権は倒壊した。ターリバーンは少しの抵抗もなくカーブル宮殿に入り、勝利を宣言した。最近のインタビューで、アシュラフ・ガニーは、アフガニスタン政権の崩壊について米国とその同盟国を非難し、最後の瞬間まで崩壊するとは思いもしなかったと述べた。彼は、ターリバーンの派閥、つまりカンダハールのムラー・バラダール(Mullah Baradar)とパクティアのハッカーニ(Haqqani)・グループが内紛を起こさないように宮殿を空けたのだと付け加えた。彼は、それによってターリバーングループ間の内戦を防ぐことができたと主張している。

アフガニスタン国民議会党の議長であるアブドゥル・ラティフ・ペドラム(Abdul Latif Pedram)博士によると、アシュラフ・ガニーの失墜は、自らの非行、部族偏愛、汚職による自業自得だが、2人の側近ハムドラ・モヘブ(国家安全保障補佐官)とファゼル・マフムード・ファズリ(Fazel Mahmoud Fazli/行政局長官)の責任も大きいという。この3人こそが大統領官邸に君臨したのだ。 「私はアメリカ人を信頼しすぎた」とガニーはBBCラジオとのインタビューで語った。

インタビューの中で、ガニーはいつものように露骨な嘘をつき、その口から転がり出る文章には一貫性がなかった。アシュラフ・ガニーと彼の国家安全保障顧問であったモヘブ、双方のインタビューを聞き比べると多くの矛盾が明らかだ。ペドラム博士は次のように述べている。 「政治的合理性とリーダーシップ力を持っている国家指導者なら、誰かを完全に信頼することはない。アシュラフの言葉は完璧に無根拠だ。彼は大衆に支持された正当性を持っていない。一般投票によって大統領に当選したのではなく、詐欺によって権力を握った。(訳注:アブドラとの決選投投票でも決せず、オバマ米大統領の調停でアブドラと権力を分け合った)。広範囲にわたる汚職を蔓延させ国を統率できないにもかかわらず、大統領職の任期いっぱい権力を維持したかった彼は、平和を真剣に求めなかった。権力を維持できないとすれば自分と同じパシュトゥーン人だけに権力を譲りたいと欲し、それを実行した。アシュラフ・ガニーがインタビューで述べたすべての理由は根拠がなく、虚偽であり、アフガン国民には到底受け入れがたい代物だ。」

彼は常に誇らしげにかつわが物顔で軍隊の最高司令官としての地位を自慢していたが、ホースト州やジャララバード州、あるいは足元の警備隊の崩壊にさえ気づかなかった。これは「罪よりも悪い言い訳」であり、統治能力のない無能さを証し出すものだ。アシュラフ・ガニーは、元アフガニスタン国王アマーヌッラー・ハーン(Amanullah Khan、訳注: 1892年生~1960年没。1919年〜1929年アフガニスタン国王。強圧急速な近代化政策と多民族抑圧により国内の反発を招き国を逃れた)は国外脱出したが自分は決して逃げないと言い張っていた。
しかし、彼は、シャー・シュジャー(訳注: 1785年生~1842年没。国王となるが何度も失脚復活逃亡を繰り返した)とアマーヌッラー・ハーン国王に続き、不名誉な裏切りのすえ逃亡したアフガニスタンで3番目の指導者となり、和平プロセスを混乱させた。アフガニスタンの政治オブザーバーならこう問うだろう「なにも知らない者がどうして大統領になんかなれるんだ?」と。ガニーは、国家安全保障会議、国防省、内務省、大統領警備隊、米国大使館の対外情報局などのさまざまなチャネルから、定期的にセキュリティ状況について報告を受けていた。知らなかったという主張は不当で受け入れられるものではない。にもかかわらず彼は裏切りの罪をなかったことにしようともがいている。とても無理な話だ。

反対勢力の非合法化、軍の士気の低下、地域軍閥の役割、カタールでの和平交渉における米国の役割などすべてが絡み合って政権崩壊とターリバーンの大逆転が引き起こされた。協力国がその陸空軍のすべてを使って必要とされるすべての兵站、経済、財政リソースを提供し、わが政府を守っているとガニーは述べていた。その一方で、ガニーは2,500人の軍関係者を解雇し、彼らに引退を強いた。失業率は80%上昇した。さらに刑務所から5,000人のターリバーンの捕虜を解放した。彼らは全員が戦場でターリバーンに復帰し、ターリバーン軍の強化を助けた。アフガン政府倒壊の責任は、米国、パキスタン、アシュラフ・ガニー、カルザイ、ヘクマティアール(Hekmatyar)、米国特使ハリルザドら全員に責めがある。

ザルメイ・ハリルザドを使った米国の和平プロジェクトは大間違いだった。ターリバーンは政府に加わりたくなかったのだ。アメリカ人はバグラム基地から拙速に撤退した。ターリバーンの行動が変わったというハリルザドの誤った主張や、アシュラフ・ガニーの過度の米国依存などのすべてが、政権の崩壊を加速させた。

多民族の国であるわが国では、下記のような諸要因によって政権は徐々に崩壊への道をたどった。つまり、権力への登用時の不公平、国の発展段階にそぐわぬ非現実的な中央集権的システム、国民の不満、市民団体や法律家からの前向きな修正提案への注意の欠如、広範囲な金融腐敗、物資輸送にともなう関税の管理不正、賄賂を最重視した主要な地位の任命、金融独占、ボン会議以後対外援助の調整がアシュラフ・ガニー政権の権限と管理の下でなされたこととそれに伴う広範囲な汚職などである。

ターリバーンとの和平交渉はばかげたゲームで、裏切りや舞台裏の取引があったことは明白。そこには、平和を求める真の意思などなかった。アシュラフ・ガニーとそのチームは、腐敗し部族中心の狂信的な連中だった。彼は親戚に数百万ドルを与える契約をしたときは確かな経済情報に基づいていたが、彼の国家経済計画はでたらめだった。また彼が前もって準備しアフガニスタン脱出時に数百万ドルを盗み取ったとの噂もある。

アシュラフ・ガニー大統領の日常の警備を担当したピラズ・アタ・シャリフィ(Piraz Ata Sharifi)准将は、アフガニスタン中央銀行から巨大な現金袋がガニーの元に移されているのを見ただけでなく、ビデオによる証拠があると主張している。

アフガニスタンに置き去りにされ、現在ターリバーンに追われているシャリフは、ガニーの大統領としての最終日のことを思い出して、隠れ家からデイリーメール紙に次のように書き送っている。

「私の仕事のひとつは、大統領が国防省に到着する前に彼の安全のために警備兵を武装解除することだった。そうしてわれわれは大統領の到着を待っていた。ところが来たのは、大統領が国防省ではなく空港に行ったとの電話だった。国防大臣も逃げていた。私のボスも逃げた。さらにはガニーの親しい親戚や取り巻きの誰ひとりいなかった。」
<ニューヨーク・ポスト> 2021年10月9日
アシュラフ・ガニーの元ボディーガードはガニー前大統領が何億もの金を盗んだ証拠のテープを持っている、と語っている。
https://nypost.com/2021/10/09/ashraf-ghanis-former-bodyguard-says-hes-on-tape-stealing-millions/

つづく

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