声なき叫び  「痛み」を抱えて生きるノルウェーの移民・難民女性たち 

ファリダ・アハマディ著、石谷尚子訳、花伝社、2020年

 

「福祉先進国」の現実の学術調査・研究を通じてたどり着いた実践の書 

本書の紹介によれば、著者は1957年3月、カーブルうまれ。カーブル大学で医学を学ぶ。カーブルで2度投獄され、4カ月にわたって拷問を受けた。1982年に釈放されアフガニスタン郡部で抵抗運動に参加、同年12月にパリのソルボンヌでラッセル平和財団(戦争犯罪法廷)の活動に参加。1983年に世界中を旅して自身の投獄や拷問の経験、ソ連独裁や原理主義との戦い、女性解放運動について訴え、レーガン大統領、サッチャー首相、ローマ教皇をはじめとする権力者や団体と面会してアフガニスタンの民主化勢力への支援を求めた。1983年末に帰国し、イランやパキスタンを訪問。1991年に当時5カ月だった娘とパキスタン経由でノルウェーへ亡命し難民として生活しながらオスロ大学で人類学を学ぶ。そこでの修士論文をもとに本書を執筆した。
著者のファリダ・アハマディ氏は、日本語話者にむけた「著者あとがき」で、現在が第3次世界大戦の最中ではないのか、と問題提起している。難民として、あるいは移民として中東やアフリカから戦乱を逃れてノルウェーにやってきた女性たちへのインタビューやノルウェー社会のシステムと政策へのフィールドワークを通じて彼女らの「痛み」や「辛さ」の根源を突き止める努力のすえの結論だ。本書が日本で発刊された後に世界はコロナパンデミックに襲われ、まさにウイルスとの「世界戦争」の様相を呈した。さらにその2年後、ヨーロッパを戦場とする本当の世界戦争に突入した。矛盾がもっとも集中する難民・移民、しかもその女性たちの抱える「痛み」や「辛さ」はまさに現代人全体を襲う戦争の原因であり同時に結果である。そのよってきたる原因も著者は明らかにしている。ぜひ、次に紹介する書評と訳者評を一読され、本書をご購読されることをお勧めする。【野口壽一】

※ なお下記の書評および訳者評は、『週刊読書人2020年8月28日号「書評キャンパス」欄』より転載させていただきました。転載を快くご了承くださった週刊読書人様および著者の方々に衷心より感謝いたします。(見出しはWAJ)

 

<書評>
「個人の重視」と人類はひとつという「一体感」

世界中で大流行しているコロナウイルスは、日本の社会問題を浮き上がらせた。そのひとつに、日本で暮らす外国人への差別があることはいうまでもない。本書は、移民の受け入れに寛容ではなく、このような差別も蔓延する日本社会に疑問を感じているすべての人に一読を勧めたい本だ。
ノルウェーは、移民・難民受け入れの先進国として知られている。しかし、そのような福祉国家においてでさえ、既存の制度から置き去りにされてしまっている人たちがいる。著者であるファリダ・アフマディ氏は、非西欧諸国から来たマイノリティ女性たちが抱える精神的・身体的痛みに向き合う。著者はこうした女性たちの語りを通じて、様々な問題が複雑に絡み合う痛みの要因を探る。そして、彼女たちが個人として承認されていないことこそが痛みの根源であることと、それを生み出しているのは多文化主義であることを明らかにする。多文化主義は宗教や文化を許容するように思われがちだが、原初的特徴を際立たせるがゆえに、人間の基本的なニーズを隠し、対立を煽る側面も持つ。さらには、それが政治権力と結びつくと、マイノリティのなかに特権階級を生みだし、結果として社会の分断が加速する。弱い立場にいるマイノリティ女性たちの声はますますかき消されてしまい、二重に貶められ希望を失ってしまうのだ。アフマディ氏はこれを「未公認の多文化主義」と名付けている。
その上で、マイノリティ女性たちが社会の帰属意識を獲得するための次の二つの取り組みを提案する。一つは、未公認の多文化主義から普遍的多元主義への移行である。民族や宗教、文化によるグループよりも個人を重視することで、マイノリティもマジョリティも国の繁栄に携わる一員であることが強調される。もう一つは、グローバルな良心、すなわち人類は一つの体のように繋がっているという一体感を身に着けることである。私たちは広くつながりを持ち、グローバルな現実と向き合い、互いに関する知識を得続ける必要がある。そうしてこそ、あらゆる人が参加可能な共生社会を生み出すことができるのだ。
アフマディ氏はアフガニスタンで生まれ、祖国では医学を学ぶ傍ら抵抗運動にも参加し、その後世界中を旅した経験を持つ、社会人類学者であり難民女性支援の活動家である。修士論文から生まれた本書は、マイノリティ女性たちの声を医学的・社会人類学的見地から豊富な文献に基づき丁寧に分析しているのが特徴だ。専門を生かした著者ならではの研究である。
本書の冒頭と末尾には、ペルシア文学最大の詩人であるサアディーの詩が引用されている。ニューヨークの国連本部ビルのホールの壁にも飾られているほど有名なこの詩は、アフマディ氏の本書で伝えたい思いを見事に表現している。詩は、理路整然とした言葉によって取りこぼされてしまうような感覚や感情をすくいとり伝えることができる。説明的な記述のみならず、詩をも通じて読者に訴えかけるところに、本書の魅力があると思う。

アダムの子である人問は
同じ土から創られた
ひとつの体の手であり足である
一本の足が痛むと
手も、ほかの足も、安穏としてはいられない
他人の悩みに目を向けない人は
人間と呼ぶに値しない

村山木乃実(むらまや・このみ)
本原稿執筆時点では東京外国語大学大学院博士課程、現在は博士(専門分野は宗教学とペルシァ文学。神秘主義に興味があり、現在は現代イラン知識人の文学作品に現れる神秘主義について研究)

 

<訳者より>
 日本にも同じ社会的問題が存在している証 

よくぞここまで読み込んでくださいました! 著者はマイノリティ女性の身体の痛みの原因が社会にあることをつきとめました。日本で暮らしている難民からも身休が痛いという話をよく 聞きます。差別、文化の押し付け、「外国人」として一括りに見る目など、日本にも同じ社会的問題が存在している証です。著者が言う「グローバルな良心」を端的に表現しているのがサアディーの詩。多様性社会を目指すとき心に刻んでおくべき詩です。(石谷尚子)

<訳者紹介>
石谷尚子(いしたに・ひさこ):
翻訳家。上智大学文学部英文科卒業。主な訳書に『ママ・カクマ―――自由への遥かな旅』、エリザベス・レアード『僕たちの砦』『戦場のオレンジ』『はるかな旅の向こうに』(いずれも評論社)などがある。NPO法人難民自立支援ネットワーク(REN)理事長。
REMホームページ:https://www.ren-nanmin.org/

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ファリダ・アハマディ氏はオスロ(ノルウェー)在住、グローバル・ハピネス・リーダー/欧州アフガニスタン難民組織外国委員会連盟メンバーとして活動している。本サイトへも下記の投稿をいただいている。ぜひご覧ください。

アフガン人の血の色とウクライナ人の血の色は違うのですか?

もし一度だけ魔法がつかえたら 

ターリバーンと欧米各国代表がオスロで会談

 

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