(WAJ:CFRはCouncil on Foreign Relationsの略。アメリカの外交政策に影響をもつ、1921 年に設立されたアメリカの著名なシンクタンク。詳細は → https://www.cfr.org/about

 

August 2, 2022 3:37 pm (EST)
2022年8月2日 3:37 pm (EST)(アメリカ東部時間)

Bruce Hoffman, CFR Expert
ブルース・ホフマン (CFR専門評論員)

アイマン・アル=ザワヒリはその死後、戦略的に連携しながらも戦術的には独立した強固なアル=カーイダ関連ネットワークを残し、それらはアフリカ、アジア、中東で活動している。

ジョー・バイデン大統領は、米国の無人機による攻撃でアル=カーイダの指導者アイマン・アル=ザワヒリが週末に死亡したことを明らかにした。ザワヒリは活動の中でどの程度の役割を果たしていたのだろうか。

ザワヒリは、2011年に前指導者オサマ・ビン=ラーディンが殺害されて以来10年間、アル=カーイダが生き延びるために極めて重要な存在だった。彼はその個性の強さと戦略的ビジョンによって活動をひとつに保ち、アル=カーイダに加盟したさまざまな集団を、地元や領域全体での優先的目標に向けて邁進させつつ、戦術的には各々が完全に独立できるようにした。おかげで、その活動は成功した。アル=シャバブとジャマート・ナスル・アル=イスラーム・ワル・ムスリム(JNIM)はそれぞれ東アフリカとサヘルで強固な存在感を示し、アラビア半島のアル=カーイダはイエメンで今も戦い続け、インド亜大陸のアル=カーイダはバングラディッシュ、インド、モルディブ、ミャンマー、パキスタンに広がり、フラス・アル=ディンはレバントでアル=カーイダの隠れ蓑として存在し続けている。これらは、ザワヒリなしには不可能だったであろう。アル=カーイダの関連組織は、大きな独立性を持ちながらも、グループのイデオロギーに忠実であり、ザワヒリの戦略に従ってきた。それは今後も続くはずだ。

 

アル=カーイダは次にどうする?

アル=カーイダには後継者計画があり、長年アル=カーイダの上級司令官を務めてきたサイフ・アル=アデルがザワヒリの後継者として最も有力視されている。エジプト軍の特殊作戦部隊の元将校であるアデルは、1998年のケニアのナイロビとタンザニアのダルエスサラームにおけるアメリカ大使館爆破で重要な役割を果たした。2003年には、サウジアラビアでのアル=カーイダのテロ作戦を指揮したが失敗。オサマの息子でアル=カーイダ首長の後継者と言われるハムザ・ビン・ラーディンの個人教師にして人生の手本。また近年はシリアでのアル=カーイダの活動を監督した。

アデルならばアル=カーイダの世界を効果的にまとめるはずだ。なにしろ、アル=カーイダの34周年はあと数日後に迫っている。テロ集団は一人の指導者だけに頼っていては、30年以上も生き延びることができない。国務省の外国人テロ集団リストには、アル=カーイダの思想を共有する集団が9.11当時の4倍も含まれている。つまり、四半世紀以上前にビン・ラーディンが宣言した戦争は、いずれにせよ、あるレベルでは継続されるのである。

 

ザワヒリは死の間際、カーブルに住んでいた。その意味は?

ザワヒリがカーブルに居住しており、それをターリバーンが完全に知っていたと思われることは非常に重要である。なぜならこのことは、ターリバーンがアル=カーイダとの関係を絶ったという主張を崩し、むしろ今もアル=カーイダが親密なパートナーであり同盟者にほかならないことを確認させたからである。ザワヒリはパキスタンとの国境にある人里離れた村の近くの洞窟に住んでいたのではなく、カーブルの西側外交官が住む地域の邸宅に住んでいたのである。彼は明らかにターリバーンと親密であり、大きな敬意と尊敬をもって扱われていた。これは、ワシントンが保有する90億ドルの資産を凍結解除するために米国と交渉するターリバーンの努力に水を差すことになる。

 

アル=カーイダは他のイスラーム教グループと比べて、どの程度の脅威を持つのか?

世界がイスラーム国の打倒とそのカリフ制の破壊に注力している間、ザワヒリ率いるアル=カーイダは意図的に長期戦を選び、静かに再建と再編成を試みて成功した。ザワヒリの戦略には二重の側面があった。一つ目は、イスラーム国が米国とその同盟国の注目を集めるのを許しつつ、アル=カーイダの力を整えて、30年以上にわたる闘争を継続すること。二つ目は、アル=カーイダを穏健な過激派だと見せかけること。そのため性急で超暴力的なイスラーム国と比較させ、自らの兵力はより信頼性が高く彼らほど刹那的ではないと印象付けた。ザワヒリの静観戦略の有効性は、ターリバーンが忍耐と粘り強さで政権に復帰したことによって検証された。つまり、他のイスラーム主義のライバルと比べて、また傘下の加盟団体と比べてさえも、中核的存在であるアル=カーイダが活動的ではないからと言って、彼らはテロを避けたわけでも闘争をあきらめたわけでもないのだ。

 

今回の攻撃は、バイデン政権のテロ対策について、どんな意味があるか?

ザワヒリは毎日、白昼堂々とバルコニーに立っていた。米国の情報コミュニティ(訳注:アメリカ合衆国国家情報長官のもとCIA やNSA など17の機関からなる米国の諜報機関集合体)は、彼の妻、娘、孫たちの動きを監視し、カーブルのお洒落な一画に邸宅があることを突き止めていた。そして、ザワヒリが彼らに合流するのを確認した。私は、このような諜報活動や攻撃そのものが簡単だったと言っているのではない。ザワヒリとその家族が全く平然とこれらの行動をとっていたことが、彼とターリバーンがいかに安心していたかを示しているとだけ言いたいのだ。

つまり、そう、ザワヒリの死はものすごいニュースだ。しかしバイデンの「オーバー・ザ・ホライズン」(訳注:地上人員を極力使わず空から挑む) 対テロ戦略の有効性を証明するものにはまだなっていない。アフガニスタンにおける米国の現在のテロ対策の努力によって、実際のテロ攻撃の計画・立案もが効果的に阻止されるならば、それは別のレベルで諜報活動の大成功といえるだろう。しかし、そんな因果関係はいまだ認められていない。今回のザワヒリ暗殺は、せいぜい、先週CIA創立75周年記念日に複数の識者が述べた意見を無効にするくらいのものである。彼らは「CIAが9・11以降、テロ対策や重要人物の標的化にあれほど力を注ぎ、日常的な情報収集に力を入れなかったのは誤りである」と主張した。ただし、ビン=ラーディンとザワヒリの死においてCIAが極めて重要な役割を果たしたことは、CIAとより大きなくくりとしての情報コミュニティの強みと比類なき能力を示している。

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