By Hasht-E Subh On Aug 16, 2022
ハシュテ・スブ(午前8時)<主張> 2022年8月16日

 

ターリバーンに対する旧政権の敗北は、過去100年のアフガニスタンの歴史の中で最も衝撃的で悲劇的な出来事のひとつであった。

テロ集団に対する国家の敗北の悲劇は、歴史認識を持つ人には理解できる。この国の教育的、政治的、文化的エリートたちが数世代にわたり努力して、この土地を中世の隘路から解放するために命を捧げたことを読み、目撃した人には。

共和国の敗北は、単に政治体制の敗北にとどまらない。それはまた、砂漠に対する都市の敗北、旧弊に対するモダニズムの敗北、中世の価値観に対する現代の価値観の敗北、専制に対する自由の敗北、迷信に対する理性の敗北、素朴に対する芸術の敗北、激しい宗教性に対する穏健な宗教性の敗北でもある。20世紀の輝く歴史的好機を生かし損ねたわれわれの世代は、続く数世代の願望を破壊してしまった。

この敗北は、複雑に反響してわれわれの骨の髄まで届き、その痛みはこの先何十年も続く。しかし、確固とした国家が敗北したにもかかわらず、加担と役割を認める覚悟と気概を持つ者は男女を問わず皆無である。すべての男女が自分を正当化し、他人を非難しようとする。敗北した政権の逃亡大統領や閣僚から、政府や野党の最下層職員に至るまで。2021年8月15日に起きたことについては、私たち全員に責任があり、役割があるという事実にもかかわらず、である。

過去20年間の政府における自分の権限レベルに応じて、全男女が責任を負っている。この真実を認めることが第一歩となり、良心の呵責と歴史的恥辱の両方から解放され、自己非難と自己犠牲の悪循環も終わる。

告白文化の不在、責任を回避し抑圧を求める精神の蔓延は、われわれの社会が抱えている問題の一部であり、普段国をリードし資源を恣意的に使う社会のエリート層の間で、過ちを認めて是正と謝罪を試みる勇気と文化が有効にならない限り、この地では何も変わらないように思われる。最も簡単で、同時に最も無意味なことは、競争相手のせいにして、自己責任を避けることだ。

災害の再生産の一翼を本当に担いたくないなら、この悪循環が続くことを避けたいなら、私たち一人ひとりが自分自身の問題と向き合い、個人と集団の記録の再読を開始するべきだ。それには苦い現実を直視し、過ちを認める勇気が必要だ。何をなしたのかを見直さねばならない。政府の役人として、大臣として、副大臣として、弁護士として、社長として、経営者として、などなど。野党としてどんな道を歩んできたのか。市民活動家として、国内ビジネスマンとして、なすべきもっと大切なことは何だったのか。

人々は自分たちの運命について沈黙し、現在の過激派支配者の悪行に対して、現実的な反応を示さない。そんな事態を招いたイデオロギーはいかなる根本原因から生じたのか。詩人として、小説家として、どんな概念を世に問うべきなのか。作家として、学識経験者として、この社会のどのような事柄を優先的に考えるべきなのか。政治に関心を持つ若者として、何度も失敗し、国を危機に陥れた政治家を追いかけ、賞賛することから、どのように距離を置くべきか。

外交官として、他の国や政府が我が国に協力する道をどのように見出すべきか。知識人として、私たちはどのようにしてわが国の最も遠い村々に到達し、偉大な国民運動の出現を可能にするべきなのだろうか。民族中心主義や部族主義の太鼓をたたくのではなく、偉大な人間的価値を制度化することを、私たちの努力の使命とするにはどうしたらいいのだろうか。これまでの記録を読み直し、その根本原因をさぐり、欠点や偏りを正すための長い道のりが私たちを待ち構えている。

原文(英語)を読むhttps://8am.af/eng/the-state-failure-anniversary-and-lack-of-courage-to-confess-the-mistakes/

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