Concerns on Freedom of Expression and Media, Challenges for Afghan Journalists in Pakistan
By Hasht-E Subh Last updated Oct 18, 2022
ハシュテエ・スブ(アフガニスタンの独立系ジャーナル) 2022年10月18日
ターリバーンがアフガニスタンを支配して以来、表現の自由とメディアは厳しい弾圧と検閲にさらされてきた。ジャーナリストを拷問し、殴り、逮捕することによって、ターリバーンは自由な情報の流れを妨げ、メディア空間を厳しく検閲し、制限してきた。そのため多くのジャーナリストやメディア関係者が、ターリバーンを恐れて国を離れ、他国、特にパキスタンに逃れた。それに対し、メディアを支援する世界の諸団体は、同国の言論とメディアの自由に懸念を示し、中には2021年8月15日以降、547のメディア機関のうち219が同国での活動を停止しているとの統計を出した団体もある。
(訳注:参考サイト:国境なき記者団が2022年8月10日発表した統計
https://rsf.org/en/afghanistan-has-lost-almost-60-its-journalists-fall-kabul)
ところが、そうした団体の関心事から漏れてしまった事柄がある。それは、パキスタンに逃れ数十もの試練に直面しているアフガニスタンのジャーナリストやメディア関係者の状況である。これについては、この1年、何の関心も払われてこなかった。
アフガニスタンがターリバーンに陥落してから約14カ月が経過した今、パキスタンに避難している多くのジャーナリストやメディア関係者は、悲惨な生活を送っている。彼らは自分たちの生活状況を哀れだと語り、ターリバーンに対する恐怖心と、直接の脅迫もあって、アフガニスタンには戻れないと断言する。よその国に行こうにも、移民受け入れのハードルは高い。これらのジャーナリストは、現状の継続と将来の不安について非常に心配しており、そのほとんどがうつ病に苦しんでいる。
最新のケースでは、TOLOnews TVチャンネルのマネージャーであるフパワック・サフィ(Khpalwak Safi)が出国した。彼は、長年ジャーナリストとして活動してきたが、最近、続けられないと判断したとツイートしている。一方、2009年からモビグループ(Moby Group)のさまざまな部署や他のメディアで働いてきたTOLONewsの記者のひとりは、パキスタンにいるジャーナリストの窮状への憂慮を表明した。彼によると、ターリバーンに逮捕され、拷問され、殴られたことがある。自分の名前を記事に載せることを望んでいないが、ターリバーンに脅迫され、殴られたにもかかわらず、メディアを支援する機関や組織はまだ彼の状況を把握していないと強調している。
この記者はこう付け加える。「数カ月の間に、私はターリバーンに2度も脅迫された。状況が悪化したため、私はパキスタンに来た。ここでは、問題を共有できる人も機関もない。みんな個別にいろいろな機関にメールを送っているが、いまだ誰にも返事がない。」さらに、「仕事も失いひどく困窮しているジャーナリストが生活費をすべて賄うのは大変だ。諸機関も協力的ではない。ここパキスタンでは、警察ににらまれビザ失効の問題に直面している。私たちジャーナリストの声が聞かれ、私たちの問題が真剣に扱われ、私たちの移送手続きが真剣に扱われることを望んでいる。」
ナジバ・ザマン(Najiba Zaman)もまた、パキスタンで1年間、不安な日々を送っているジャーナリストのひとりだ。カンダハール州でジャーナリストとして最初の仕事を始め、モビグループ、アザディラジオ(Azadi Radio)での仕事を経験した彼女は、12年間ジャーナリストとして働いてきたのに、今は自分の運の無さにとても失望し、将来について心配していると言う。
ナジバ・ザマンは、アフガニスタンがターリバーンに支配された後、家族とともにパキスタンに渡った。ハシュテ・スブ・デイリー(Hasht-e Subh Daily)紙の取材に対し、彼女は次のように語った。「私は多くの困難に直面したためパキスタンにやってきました。私たちは運が尽きて、二度とアフガニスタンには戻れません。アフガニスタンでの女性ジャーナリストの状況は非常に危険です。そして、パキスタンでは財政的問題が多すぎます。働けないし、今は基本の生活費を払うお金もありません。家財道具も金も全部売り払ったし、もうこんな生活は続けられません。すべての生きる道が閉ざされました。」
この記事を書いたハシュテ・スブ・デイリーの記者は、経済的な問題に加えて、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)もパキスタンのアフガン人ジャーナリストの移民問題には無関心を決め込み、その上ジャーナリストの子どもたちがこの1年間パキスタンで学校から排除されていることを特筆している。こうした事態が続くことで生活が苦しくなり、多くの問題に直面しているとザマンが語るのも当然だ。
同じくジャーナリストのファルザナ・アユビ(Farzana Ayubi)も、現状を憂い、多くの問題に取り組んでいる。彼女は7年間ジャーナリストとして働いた後、ターリバーンが再び国を支配したときに、国を離れることを余儀なくされたと、ハシュテ・スブ・デイリー紙に語っている。彼女は、最初のメディアでのキャリアをザムザムラジオ局(Zamzam Radio Station)で始め、その後、さまざまな印刷や映像のメディアで仕事をしたと言う。
ザムザムラジオ局を去った後、アユビはMitra TVネットワーク、Noor TVネットワーク、その他の印刷メディアで仕事をしてきた。ハシュテ・スブ・デイリー紙によると、彼女は経済的、精神的な問題や課題について話している。「私はパキスタンに来て1年になります。経済的な面では、言いようのない悪い状況にあります。私は出産時に手術を受けました。2人の小さい子供が病に伏しています。でも治療費を払う余裕はありません。
パスポートの更新が2カ月後に迫っていますが、お金がありません。私は失業中で、2人の乳児がいます。日々の出費だけでギリギリです。生き残るのはとても難しくなっており、支援機関が助けているのはコネのある人たちです。私たちはアフガニスタンに戻ることもできず、煉獄のような生活を送っています。」
モズガン・ファラジ(Mozhgan Faraji)もまた、他のジャーナリストと似たような状況にある。ハシュテ・スブ・デイリー紙の取材に対し、彼女はこう語った。「状況はとても悪く、言葉では言い表せないほどです。経済的な面でも、精神的な面でも、未来についても、私たちには何も残されていません。私たちは働くこともできず、子どもたちは勉強することもできません。私たちを支援してくれる組織もなく、非常に悪い状況です。仕事もなく、活動もなく過ごすのは、地獄で暮らすのと同じことです。」さらに、ジャーナリストを支援するはずの諸機関の無関心も残念だと語る。
ジャハンジブ・ウェッサ(Jahanzeib Wessa)は、ウルズガン州のラジオ番組のアナウンサーのひとりだった。彼はパキスタンでこの1年、何の見通しもなく生活してきた。ハシュテ・スブ・デイリー紙の取材に応じたウェッサ氏は、「デハラウッド・ガズDehrawood Ghazh」(訳注:Dehrawoodはウルーズガーン州の地名、Ghazhは異教徒との戦いに勝利した戦士の尊称)というメディアエージェンシーで4年以上働いてきたという。彼は今、パキスタンの劣悪な生活・経済状況を憂い、不運が続いたことで深刻な精神的・情緒的困難に直面し、将来に絶望していると強調する。ウェッサ氏は、メディアを支援する組織や機関に加え、危険にさらされているジャーナリストやメディア活動家に亡命を認めている国々が、現在パキスタンにいるアフガニスタンのジャーナリストたちの劣悪な状況に注意を払うことを欲している。
安全上の問題から記事に書かれることを望まない記者のひとりは、ハシュテ・スブ・デイリー紙に次のように語った。「私たちはかつて人々の声であったが、今は沈黙している。誰も私たちの声を聞いてはくれない。悲惨な状況や経済問題に加え、家を追われホームレスとなる苦しみが私たちの魂に重くのしかかり、将来がとても心配だ。」彼は、メディアを支える諸機関の存在自体とその行動への信頼を捨ててしまった。この記者はこう主張する。「ギャングやマフィアにコネがあったり、その一員であったメディアゴロどもは皆、パキスタンから出国できた。記者でない者が偽の記者カードを手に逃げていった。私は長年メディアで働いてきたが、今は誰も私に手を差し伸べてくれない。」
スウエッタ・サーダット(Sweta Saadat)もまた、マザリシャリフ州のバヤンラジオ(Bayan Radio)局で働いていたジャーナリストである。彼女はイスラマバードに10カ月以上滞在しているが、不安な生活を送っているという。メディア活動に加え、女性たちの街頭抗議行動でも重要な役割を果たしたが、今は経済的にも精神的にも悪い状況にあるという。
パキスタンに避難しているアフガニスタンのジャーナリストたちが、パキスタンでの経済的、精神的、心理的状況の悪さを心配している一方で、ターリバーンはアフガニスタンでメディアと表現の自由を制限し続けている。最新のケースでは、この集団によってアフガニスタンの2つの自由メディアであるハシュテ・スブ・デイリーとザウィヤ・メディア(Zawiya Media)のインターネットドメインがブロックされている。
国境なき記者団(RSF/訳注:言論の自由を目的としたジャーナリストによるNGOで本部はフランス)は10月5日(水)にニュースレターを発行し、ターリバーンのこの行動をこの集団による「メディア戦争」の新たな段階と呼び、ターリバーンのこの決定を直ちに撤回するよう要求した。
ニュースレターによると、これまではターリバーンは暴力と煩雑な規制を駆使してメディアを制限し検閲してきた。しかし、ターリバーンは今回初めて、アフガニスタンの2つのメディアのウェブサイトを閉鎖し、メディアの自由を直接的に侵害するまでに至った。加えて、次のように述べている。「ハシュテ・スブ・デイリーとザウィヤ・メディアのウェブサイトが閉鎖されたことは、ターリバーンによるアフガニスタンのメディアへの弾圧が続いていることの新たな表れである。」
(訳注:参考サイト:国境なき記者団のニュースレター (2022年10月5日)
https://rsf.org/en/taliban-have-entered-new-phase-their-media-war-closure-two-major-afghan-news-websites)
また、ジャーナリスト保護委員会(訳注:アメリカのNGO)は、ターリバーンがアフガニスタンでの報道検閲をやめ、ハシュテ・スブ・デイリーとザウィヤ・メディアがインターネットドメインにアクセスし、活動を継続できるようにすべきであると要求している。
(参考サイト:ジャーナリスト保護委員会のニュースレター(2022年10月4日)https://cpj.org/2022/10/taliban-shuts-down-two-news-websites-in-afghanistan/)
ターリバーン政権の通信情報技術省によると、これら2つの報道機関のインターネット・ドメインをブロックしたのは「虚偽の内容」を掲載したためとのことで、その説明は既に公表されていた。しかし、ハシュテ・スブ・デイリーとザウィヤ・メディアはそれぞれ個別のニュースレターを発行し、これまでジャーナリズムの原則の枠内でニュースコンテンツを公開し続けきたし、今後も市民に情報を提供していくと強調している。
ターリバーンのスポークスマンであり、この集団の前情報文化副大臣であるザビフラ・ムジャヒド(Zabihullah Mujahid)が、メディア関係者やジャーナリストを支援する諸団体との会合で、共和国のマスメディア法がまだ適用されると主張したにもかかわらず、この事態に至った。つまり、ターリバーンの主張とは裏腹に、彼らはジャーナリストを逮捕し、検閲し、メディアに制限を加え続けている。
最近、ジャーナリスト国民同盟(Syndicat National des Journalistes/訳注:フランス最大のジャーナリストによる労働組合)と国際ジャーナリスト連盟(International Federation of Journalists/訳注:ベルギーに本部を置く世界最大のジャーナリストによる労働組合)は、フランス政府がアフガニスタンで危険にさらされているジャーナリストを移送する義務を果たしていないと批判している。この2つのジャーナリスト団体は、200人以上のアフガニスタンのジャーナリストがフランス政府からビザを受け取るためにパキスタンとイランで何カ月も待っているが、この政府はその約束を果たしていない、と述べている。
それどころか、ハシュテ・スブ・デイリー紙との対談で、複数のジャーナリストが語ったところによると、この1年間に300人以上のジャーナリストがパキスタンでホームレスとなり、数え切れないほどの困難に直面している。パキスタンに住むアフガニスタンのジャーナリストたちは、滞在許可やビザの延長の問題に加えて、悲惨な経済的・精神的状況について苦情を述べ、日常的に何十もの困難に直面していると語っている。
アミンカワ(Amin Kawa)ハシュテ・スブ・デイリー紙、シニアレポーター
【原文(英語)を読む】
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