Major players and failed figures in Afghanistan
アフガニスタンにおける勝利者と敗北者

 

ファテー・サミ (Fateh Sami)
2022年10月24日 (24 October 2022)

(WAJ)本稿でサミ氏は、アフガニスタンをめぐって関係諸国がどのように策動しているかを明らかにし、つぎに、ターリバーンを操縦するために対抗馬を仕立て上げようとしている現状を指弾している。さらに、ターリバーンによる国民抵抗戦線(NRF)に対する戦争犯罪を暴露し糾弾している。どの動きも日本のマスメディアでは報じられることのない、アフガニスタンの真実だ。

ソビエト連邦(USSR)の崩壊後、国際政治は一極化した。つまり米国が世界で唯一、超大国と呼べる国となったのである。ソ連の解体・崩壊以前は米国とソ連が世界の二大ライバルとして、国際政治の両極にあった。ソ連の解体で冷戦が終結し、米国が唯一の超大国として現れた。アメリカが世界の第一国、つまり国際レベルで唯一のグローバルな政治的意思決定者となると、その一極に力が集中する事態が生じた。それが国際舞台にもたらした不幸な帰結は、イラクとシリアの荒廃であった。

アフガニスタンが落ちぶれ、国内で不安と流血が長引くのは、今も続く抗争にさらされているためだ。冷戦時からずっと45年間、国民は戦略ゲームの犠牲者である。そのゲームには、直接的および間接的にアフガン問題に巻き込まれた国々が参加してきたが、いまや米国とそのNATO仲間たちが勝ち組である。

テロとの戦いという、この地域にアメリカが居座り犯罪を行う口実はいまも続いている。ところが、米国の目標達成のためこれまで働いてきたのは、そのテロリストである。ターリバーンのように米国の管理下で活動しているテロリストは善人で、米国の管理下になければ悪人なのだ。

米国は中国の経済力を懸念しており、中国をライバルと見ている。中国が持つロシアとの近さと協力関係は、米国にとって好ましくない。もちろん、インドと中国の間には長い対立がある。どちらも人口が多く、核兵器保有国だ。アメリカはここでは二つの顔を使い分け、中国とインドを近づけないことで力を得ようと画策している。しかし、上海協力機構(訳注:中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、インド、パキスタンの8か国が現在加盟しており、来年イランの加盟が決まっている)が、米国およびNATOに対抗するアジアの多国間協力組織として登場してきた。

参考記事
:上海協力機構の共同宣言(今年9月)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR154YV0V10C22A9000000/
:イラン加盟の意味
https://thediplomat.com/2022/09/what-does-irans-membership-in-the-sco-mean-for-the-region/

パキスタンは政治的に独自の立場を保つが、二つの巨岩に挟まれている。一方では中国に近くてインドに逆らう。他方では中国が嫌うアメリカと共にいる。イランが国王を追放して以来(訳注:1979年のホメイニ革命)、パキスタンは当領域で米国のエージェントとしての役割を担ってきた。したがって、中国と米国の競争が増せば、その分パキスタンは困難な立場に陥る。そして、パキスタンが二つの顔を使い分けて中国とアメリカの両方に同時に取り入ることは、難しくなるだろう。二つの大国に挟まれ二つの顔を弄する芸当など、パキスタンにはできない。どちらかの選択が必要だ。結果は想像にお任せする。

もちろん、各国の友情と敵意は刻々と変わり、国どうしの関わリ方は自国の利益に基づく。しかし、現状では、アメリカは、ウクライナ、台湾、中央アジアにおいて、ロシアと中国を相手にどうやら難局に直面している。だが、ロシア、中国、インドは、上海協力機構の下で、間違いなく、アジアにおける米国の影響力を削ぎ、拡張主義的な政策を阻止するよう圧力をかけてきた。来年からそこにイランも加わる。

確かなことは、アジアで新たに台頭してきたこれらの大国を前にして、米国が世界で唯一の超大国であり続けることはできないという事実だ。ソ連が崩壊した今、新しい世界秩序は着実に進化しており、近い将来、私たちはそれを目の当たりにすることになるだろう。世界のパワーバランスを保つためには、アメリカを唯一の超大国のままでいさせない方が良いというのが、政治アナリストの考えである。

 

敗者たちのオンライン会議の結末

結論から言うと、モハマド・ハニフ・アトマール(Mohammad Hanif Atmar)の指揮のもとに開かれた「アフガニスタン国民安全保障会議」という名のオンライン集会(訳注:10月16日「平和と正義のためのアフガニスタン国民運動」の旗揚げイベントとして開かれ、オンライン上で200人以上の元政治家、元政府役人、市民活動家らが参加した)が多くのアフガンオブザーバーに与えた成果は、まったくのゼロである。

参考記事
:アフガニスタン国民安全保障会議
https://swn.af/en/index.php/2022/10/16/atmar-forms-national-movement-of-peace-and-justice
:それへの評価
https://www.khaama.com/afghanistan-national-movement-for-peace-and-justice-emerges-sparking-reactions-67485/
:ターリバーン政府の反応
https://tolonews.com/afghanistan-180332

ハニフ・アトマールは、アシュラフ・ガニー(Ashraf Ghani)腐敗政権の重要人物の一人だ。内務大臣、国家安全保障顧問、外務大臣を歴任した。彼は、ハーミド・カルザイ(Hamid Karzai)とアシュラフ・ガニーの両政権時代に、ISISを含むテロリスト集団の北部における展開と強化に関与していた。いまはロンドン在住だが、以前はターリバーンを強化し、アフガニスタン北部にISISを名乗るテロ集団を配備する上で大きな役割を担った。その手口は、外国人指導者の指示に一手ずつ忠実に従うことであり、その目的はアフガニスタン北部のテロリストを中央アジアに配備・潜入させ、ロシアと中国に頭痛の種をもたらすことだった。

アフガン政治に詳しい多くのオブザーバーによると、彼は外国の諜報機関と組んでスパイ活動をしてきた。民族はターリバーンと同じパシュトゥーン系で、ナンガルハール州出身。若いころはナジブラー(Mohammad Najibullah)大統領政権下(訳注:ソ連撤退をまたぐ1987~92年)で国家情報局(Khad/訳注:正式名称は国家情報局(Khadamat-e Aetla’at-e Dawlati)だが、反対者からは秘密警察組織と呼ばれた。殺害されたナジブラー大統領はその長官出身)に所属していた。

Khadで働いていたとき、地雷の爆発で片足をなくした。現在、アトマール・レーン(訳注:レーンはケーン=杖に通じ、アトマールへの蔑称)という名で知られている。大学などの高学歴は持たない。公教育はせいぜい12年間で、高卒程度。他にはプライベートで、初級および中級レベルの英語を第二言語として少し習っただけだ。その後、スパイとしての教育を受け、今もほぼ間諜活動に明け暮れている。

ズーム会議に現れる〝国民〟だが、ほとんどが賞味期限切れか引退した年齢の連中だ。その多くは腐敗し、盗人兼裏切り者で、無能な将軍たちもいる。全員がターリバーンへの権力委譲に関与していた。人々は彼らを憎しみの目で見ている。敗者として、アフガニスタンをパキスタンに売りわたした責任者および協力者として。その卸売り業者がパキスタンの手先たるターリバーンである。アフガン人はフェイスブックなどのソーシャル・メディアで会議の参加者を、国家反逆者として非難し、侮辱している。この会議の主催は亡命中の政治家たちが設立した「平和と正義のための国民運動」だが、これもバカバカしい名称だ。

参考サイト
:会議の様子
https://www.youtube.com/watch?v=NoMBznAUVk4

この集会は、とある国々のヒントと助力によって召集された。それは14か月前、陰謀でターリバーンを権力の座につかせた国々、つまり彼らをテロリスト集団から引き上げ、非合法なテロリスト政権へと祀り立てた国々である。彼らはターリバーンを元傭兵たちの列に組み入れることを狙っている。かつてのいわゆる〝選挙によって民主的に選ばれた政府〟において高い地位を得て働いていた連中と同じ列に。

その狙いは、ターリバーンにある種の正統性を与えることである。ズーム会議の参加者は なんらかの立場に立ってターリバーンに偽りの正統性を与える方法を見つけだそうとしている。アフガニスタン国民抵抗戦線(NRF/訳注:北部同盟の元メンバーと反ターリバーン勢力による武装軍事同盟)、つまり、ターリバーンと戦ってきた人々に対抗せんとして、この運動は組織された。しかし、国民に賞味期限切れの人物たちの正体と目的はお見通しだ。彼らは権力についていたときも、すでに敗残者だった。彼らを試しに働かせたが、その結果はアフガン国民にとって壊滅的なものだった。いまアフガン国民は彼らを国家反逆者とみなしている。彼らはジタバタせず、腐敗した旧体制の下で働いていたときのことを恥じるべきなのだ。

 

バダフシャーン州でのターリバーンの戦争犯罪

参照元記事
https://8am.media/eng/badakhshans-bloody-battles-taliban-shot-dead-22-prisoners/

 

戦争犯罪を繰り返すターリバーン

アミン・カワ(Amin Kawa/訳注:アフガニスタンの独立系メディア『ハシュテ・スブ・デイリー』のアナリスト兼レポーター)は、この数週間バダフシャーン州のあちこちで、ターリバーンと国民抵抗戦線の戦いが続いていると報告している。両者の衝突で2件の凄惨な事件が起きた。最新の事件では、ターリバーンが国民抵抗戦線のメンバーである捕虜22人を両手拘禁状態で射殺し、その司令官の首をはねた。過去にも、ハシュテ・スブ・デイリー調べによると、国民抵抗戦線の捕虜27人が両手拘禁状態でターリバーンに射殺されたことが、パンジシール州であった。人権分野で活躍する国際機関から「戦争犯罪」と評されている悪行だ。ちなみに、人道に対する罪の禁止は、ジェノサイドの禁止と同様、国際法の強行規範とされ、そこから逸脱することは許されず、すべての国家に適用される。

参考記事:パンジシール州での戦争犯罪
https://8am.media/eng/a-survey-result-taliban-shoot-dead-27-captives-in-panjshir/

第1の事件

国民抵抗線戦のメンバーであった捕虜22人のバダフシャーン州における処刑は、ターリバーンの公式筋がハシュテ・スブ・デイリーのインタビューの中で明かした。また、その22人を含む計40人を同州内でターリバーンが撃ち殺したという。ハシュテ・スブ・デイリーは、これら死者のうち数名の遺体写真を入手しているが、それを見ると、ターリバーンがNRFのメンバーの目を撃ったことがわかる。

さらに、その公式筋が付言したところによると、ターリバーンによるこの22人を含む捕虜たちの銃殺は、別々の場所で2度に分けて行われた。1件目はカファルダラ。バダフシャーン州におけるターリバーンの元指令官のひとりアブドゥル・ハミド・ムジャヒド(Abdul Hamid Mujahid)が部隊と武器ごと国民抵抗戦線に寝返った。激しい戦闘の後、シヴ郡カファルダラ地区で待ち伏せにあい、司令官は戦闘中に死亡した。同情報筋によると、彼の仲間のうち8人をターリバーンの戦闘員たちが捕らえたのちに銃で処刑した。残りの多くの兵士たちは、バダフシャーン州の州都であるファイザバードに連行されたとのことである。

その情報筋の説明はこうだ、「カファルダラにおけるアブドゥル・ハミド・ムジャヒドとの戦いは非常に激しかった。2、3日激戦が続き、とうとう弾薬が尽きた。天気も雨や雪で、寒かった。彼らは数の上でもターリバーンに及ばなかった。」ムジャヒド氏の部下がターリバーンの働きかけに応じ、司令官の居場所をこのグループの戦士たちに「ばらした」ことが、この情報筋によって確認された。

こうしてターリバーンは司令官の居場所を把握し路上で待ち伏せした。ムジャヒド本人ほか数人の仲間がその場で戦死し、多くは捕虜となった。同情報筋は、誰がアブドゥル・ハミド・ムジャヒドの軍を裏切ったかを得意げに明かしているが、ハシュテ・スブ・デイリーは、正式な文書で確かめられないために、この人物名の公表を拒否した。

第2の事件

2件目が冒頭に述べた最新の事件で、現場はサハラ・ダウラットシャーヒ。殺されたのは「アガイ・セイド・バハルディン・ヤフタリ」(Aghai Seyed Baharuddin Yaftali/訳注:タジク系ヤフタル族出身)として知られた国民抵抗戦線の司令官である。彼に近い情報筋がハシュテ・スブ・デイリーに語ったところによると、この司令官は10月19日(水)に殺害された。場所はアルガンジュカ地域の一部、シー郡のサハラ・ダウラットシャーヒ地区だった。彼も弾薬を使い果たしたが、戦場では死なず、ターリバーンに捕らえられた。同情報筋はハシュテ・スブ・デイリーにビデオを提供した。そこには、ターリバーンがヤフタリ氏の首をはね、同グループの戦士がこの抵抗戦線司令官の首のない死体を踏みつけて踊っている様子が映っていた。ヤフタリの首を切り落とした後、ターリバーンが捕虜となっていた兵士たち22人を射殺したと、同情報源は伝えている。

国民抵抗線戦の奮闘

バダフシャーン州で、ターリバーンと国民抵抗戦線の銃撃戦は続いており、後者も負けてはいない。この戦線のある部隊は、約1カ月前に、同州のシャキ地域を占領した。ターリバーンの地域総督とその戦闘員数名が国民抵抗戦線に捕らえられたことを示すビデオも公開された。同戦線は、ターリバーンの地域総督をその後解放したと発表している。

バダフシャーン州の情報筋は、ハシュテ・スブ・デイリーに、ターリバーンがアマヌディン・マンスール(Amanuddin Mansour)を州知事に任命したと付け加えた。彼はこのグループの空軍司令官で、任命の目的は州内における国民抵抗戦線の戦闘行為を封じ込めるためだ。同じ情報筋によると、新知事はさっそく、シビル郡ヤフタル地域で活動する国民抵抗戦線の部隊に対して激しい攻撃を開始した。

同情報筋はまた、バダフシャーン州での先週の衝突で、有名な司令官数名を含む37人以上のターリバーン戦闘員が殺害されたと述べている。また、マユミ地域のターリバーン指導者のひとりであるマウルヴィ・シダイ(Maulvi Shidaei)、マユミの副長官アブドゥル・カディル・ジャラニル(Abdul Qadir Jaranil)、ダルワガ国境検問所の司令官ホッサム(Hossam)とカリ・アブドゥル・カリム(Qari Abdul Karim)、ナシ地域出身のムラー・ジュマ(Mullah Juma)の弟も州内で殺害されたという。

劣勢を隠蔽するターリバーン

ターリバーンは戦闘員の死体をファイザバード市のバダフシャーン州立病院に移し、医師や看護師に保管場所への立ち入りを禁止している。バダフシャーン州立病院の職員は誰もこの病院の倉庫と死体安置所に入ることができない。情報筋によると、ターリバーンは身内の遺体を移送する際、この病院の看護師や警備員にその場所を封鎖させ、病院の患者や従業員を対象に幾重にも厳しい規制を設けさせている。それは、下っ端のターリバーンに死体を見せないようにするためだ。

一方、ある情報筋はハシュテ・スブ・デイリーに、ターリバーンは戦闘員の死体を何日分かまとめて移送するので、正確な死者数が周囲に漏れないと語った。彼によると、負傷兵の数もつかみにくい。なぜなら彼らを遠くカーブルやクンドゥーズ州に移送してしまい、緊急の治療を必要とする少数の負傷者だけをこの州立中央病院に入院させるからだという。ターリバーンのこうした神経の使い方から、このグループの苦戦が見て取れる。

この項終わり

 

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