The Emirates of Negations and Ruins
Hasht-E Subh Daily On Dec 24, 2022
ハシュテ・スブ・デイリー 2022年12月24日
(WAJ) ターリバーンは地域に割拠した軍閥の排除、自爆テロやゲリラ戦によるジハード、および村落でのもめごとの調整などでは成果をあげたが、国家や社会の運営面ではほとんど知識も行政能力ももっていなかった。スキルをもった専門家は家に閉じこもるか海外に避難した。彼らにできることは破壊だけであり自分たちのイスラム首長国をどのように構築すればよいのか分かっていない。ただひたすら国を荒廃させるだけである。だまされたアフガン人もそのことに気づきつつある。
1990年代、ターリバーンの前任者たち(訳注:ソ連軍に支援されていたPDPA政権崩壊後のムジャヒディーン)が引き起こした壊滅的な無政府状態に対抗して、ターリバーン支配の最初の数年間、彼らにはただひとつの使命に固執すればよかった。それは「無政府状態の撲滅」だった。ターリバーンの指導者たちは、演説や行動を通じて、もっぱら現状を否定し、統治システムの基盤を固めようとした。しかし彼らは正規の学校教育を受けていなかったがゆえに、自分たちが理解できないことは何でも否定した。彼らが国を支配した5年間で、国の行政的および法的記録に残されたものは、ただ何かを否定し、破壊し、撲滅するために彼らが出した多くの命令ばかりだった。法務省は機関紙を発行したが、そこには懲戒と道徳をテーマにしたムッラー・モハマド・オマール(Mullah Mohammad Omar)の命令と、ターリバーンの行政判断のいくつかが載っているばかりだ。
20年にわたる戦争(2001年から2021年まで)において、ターリバーンは既存の状況の否定に基づく同じ単純な手法をもてあそび続けた。彼らは人々の不満が高まり、政府三権の間に軋轢が高まるのを利用し、自らを殺害と否定の恐ろしいマシーンに変えた。また当時は、アフガニスタンに外国軍が駐留もしていた。
そして今、国内では軍閥たちが過去にジハードをやった記録を引っ張り出してきて、ターリバーンとつながり親密になるための手段としている。一方、外国もまたそれぞれ異なる独自の理由でターリバーンに近づこうともしている。パキスタンがターリバーンに顕著な影響力を持っているのは衆目の一致するところだが、パキスタンはターリバーンの復活を何週間も祝い続け、イスラマバードにとって友好的な政権を形成するためにターリバーンを助けようと次々と顧問を送り込んできた。
イラン、中国、ロシアは、ターリバーンが選挙によらない政府を作ろうとする野望を「進歩」とみなし、それぞれがターリバーンによる「アフガン」版首長国形成に進んで協力する構えを見せている。米国とその同盟国はほぼ確実に、ターリバーンが自由な金、暴力、契約戦争に執着していることを利用して、そのグループを地域におけるチェス・ゲームの相手に対して利用しようとしている。
ターリバーンの理解しにくさが彼らの強みとなって肯定的にとらえられ、当初はナイーブで「管理しやすい」グループのように見られた。しかし時が経つにつれて、否定しか知らないこの一方的な考えの勢力と協力するのは容易でないことを誰もが悟るようになった。その絶望感から人々は、騙されたアフガン人が日々、自分たちの間違いを悟っていることにいまや気づいている。
諸外国もまた、ターリバーンとの協力の正当化に苦労を示し、各国が矛盾した立場をとっている。ターリバーン自身も明らかに混乱している。今日の現実と彼らが持っているイスラム体制についての漠然とした考えとの間の大きなギャップがあるため、彼らは自分たちのイスラム首長国をどのように構築すればよいのか分かっていない。彼らの持つカードはすべて外国発祥かつ非イスラム的であり、何かを形作るために欠かせない実のある重要なものは何も持ち合わせていない。