Why Indian Deobandis Are Quiet on Women Education Ban?

By Manish Rai
By Hasht-E-Subh Daily Last updated Feb 18, 2023

マニッシュ・ライ
ハシュテ・スブ・デイリー 2023年2月18日

(WAJ: 極めて興味深い記事である。ターリバーンの女性抑圧、蔑視、隔離政策は、パシュトゥーン族の民族的伝統的因習と歪曲されたイスラーム理解の混合物であると分析・指摘されているが、ここでは、イスラームの曲解が南アジア、なかでも北西パキスタン国境周辺のデオバンド派に特有の思想であることが指摘されている。しかしその思想的根拠は狭い範囲の脆弱なものであり、時代の流れの中では細っていく存在である可能性が見て取れる。)

 

<本文>
特に南アジアで最も重要で影響力のあるイスラーム学派のひとつであるデオバンド派ダルル・ウルーム(Darul Uloom, Deoband)は、女性の教育に光を当てる余裕がないようだ。私は、オンラインファトワポータル(訳注:ファトワまたはファトワ―とは、イスラーム法学に基づいて発令される勧告、布告、見解、裁断のこと)や電子メールを通じて、ダルル・ウルームに何度も要望を出した。しかし、残念なことに、この神学校は何か月追いかけても、返事をする気すら起こさなかったようだ。私が最初にダルル・ウルームのダルル・イフタ(Darul Ifta)というオンラインファトワのポータルに要望を出したのは、ターリバーンがアフガニスタンでの女性教育を禁止したあとの2022年11月だった。シャリーア(訳注:イスラム教の経典コラーンと預言者ムハンマドの言行を法源とする法律)で女性教育が許されているのか、はたまたターリバーンがアフガニスタンで女性教育を禁止しているのはイスラム教の信条通りなのかを明らかにするために要望したものだ。しかし、ダルル・ウルームに数か月間連絡しても、そのイスラーム研究所からは何の回答もなかった。

参考:デオバンド派ダルル・ウルーム公式サイト
https://darululoom-deoband.com/home/

デオバンド派ダルル・ウルームは、1866年、デリーから北に150キロほど離れた小さな町デオバンドで、ムスリム(訳注:イスラーム教徒)の学者たちによって設立されたことを特筆しておきたい。現在では、南アジアで最も権威のあるスンナ派のイスラーム研究所のひとつとなっている。この研究所から生まれた学派はデオバンド・イスラームと呼ばれ、ターリバーンはこの思想の信奉者である。インド分割後(訳注:1947年、英領インドが独立する際、インド連邦とパキスタンに分離して独立した)、この研究所の多くの著名な学者たちは新しくできたパキスタンに移り、神学校(マドラサ)を設立し、特にパキスタンとアフガニスタンの国境沿いで、厳格なイスラームを教えた。そして、ターリバーンやその指導者のほとんどがそこで教育を受けたのだ。したがって、ターリバーンはデオバンド思想の信奉者でもある。そして、この思想を通したイスラームの解釈は、ターリバーンがその宗教政治と強硬なイスラーム体制の目標を正当化するよりどころとなっている。このような思想的結びつきがあるがゆえに、ダルル・ウルームは女性教育を禁止するターリバーンの決定に対する立場を明らかにしたがらないというのが真相だろう。

デオバンド派は、現代のパキスタンとアフガニスタンのイスラーム主義者の中で著名なグループである。パキスタンやアフガニスタンのデオバンド派は、しばしば自分たちはインド北部の本家デオバンド派とはほとんど接点がないと主張する。しかし、事実として、彼らのマドラサはデオバンドの学習プログラムを踏襲し、最も正統的なイスラーム法学、クルアーンの解釈、神学、そして哲学を重点的に学んでいる。また、パキスタン北西部のカイバル・パクトゥンクワ州にある最も著名なデオバンド派の学校のひとつであるダルル・ウルーム・ハッカニアの卒業生は、現在のターリバーン主導の政府で多くの重要ポストを占めている。ターリバーン運動の創始者であるムッラー・オマル(Mullar Omar)でさえ、ここで学んだ。しばしば多くの人がこの研究所を「ジハードの大学」と呼ぶが、これは世界のどの学校よりも多くのターリバーン指導者を教育してきたからだ。だから、この領域に広がるデオバンド派が何のつながりもないというのは、信用できない話だ。組織的なつながりは限定的かもしれないが、思想的なつながりは間違いなくある。また、ターリバーンが大量の歩兵を必要とするたびに、アフガン・パキスタン国境地帯のデオバンド・マドラサが学校を閉鎖し、生徒たちにターリバーンに加わって協力するよう勧告してきたことも事実である。

ターリバーンは、女性教育の禁止はシャリーアに基づくものだと主張している。しかし、シャリーアの解釈はひとつではなく、イスラーム法学の異なる学派の間で異なる解釈が可能である。ターリバーンが強硬なイスラーム体制を正当化する根拠としているのは、スンナ派のハナフィー学派の法解釈に従うデオバンド運動である。その特有なシャリーアは、ほとんどスンナ派が占める国々も含む主にムスリムからなる他国のシャーリアとは異なっている。デオバンド派ダルル・ウルームは、過去に何度も、ムスリム女性が家の外で働くことや、女子が近代的な教育を受けることを禁止するファトワを発行したことで批判されてきた。しかし、インドやパキスタンのデオバンド主義者は、女性の教育を禁止する権力をもたない。だから、彼らは自分たちの意見を述べるに留まり、時に応じてファトワを発する。しかし、アフガニスタンではそうではない。デオバンド主義者が政府を牛耳っており、彼らが好きなシャリーアの解釈を実行に移す権力をもっている。そして、インド亜大陸の他のデオバンド主義者は、この論争を呼ぶ問題について沈黙を守ることによって、アフガン・ターリバーンに思想的な支援を与えているのだ。

デオバンド派は、自分たちは根源的かつ純粋なイスラームに従うと主張するが、それどころか、彼らの信念と教えは南アジアにしか聴衆がおらず、ムスリムのウンマ(訳注:イスラーム共同体のこと)には広まっていない。皮肉にもデオバンド派は、写真撮影、ムスリムのドレスコード、凧揚げ、男性の髭などの些事に関して、しばしば自分たちの意見を述べ、ファトワを発するまでに至る。これらのファトワも単なる意見の表明であれば、さほど問題はないだろう。しかし、布告、従うべき命令、信じるべきものと信じないべきものを峻別する宣言として扱われ、押し付けられるならば見過ごせない。その上、不思議なことに、ダルル・ウルームは、彼らを思想的に信奉するターリバーンがこのたび女性教育を禁止したことに関して、その見解を示すことの重要性に気づいていないのだ。

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著者について:マニッシュ・ライは、中東・アフガニスタン・パキスタン地域を専門とするコラムニスト。地政学ニュース機関Views Aroundの編集者。

原文(英語)を読む

Why Indian Deobandis Are Quiet on Women Education Ban?

 

 

 

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