The consequences of the Taliban administration after August 2021
ファテー・サミ (Fateh Sami)
2023年5月3日 (3 March 2023)
(WAJ:本稿はターリバーンが2021年8月15日にカーブルを占拠してから567日の時点で、ターリバーンの治世を振り返り、概説したものである。サミ氏は本サイト開設(2021年春)のターリバーン復権の前から、アフガニスタンで生じている事態を冷徹な視点で分析を続けてきた。マスコミが書き立てた「弱かったアフガン軍」とのキャンペーンに対してターリバーンの復権が、米国とターリバーンによる仕組まれた陰謀であることを暴露し続けてきた。その後のアフガニスタンでの推移はサミ氏の分析が正しかったことを明かしだしている。サミ氏がこの間、本サイトに執筆した論説のすべては「ファテー・サミ執筆記事一覧」で読むことができる。通読すれば氏の鋭く的確な慧眼ぶりに驚くだろう。)
テロ組織アル=カーイダを口実にしたアメリカの中東・アフガニスタンでの戦争
アフガニスタン政治に関するアナリストは、ワシントンが2001年9月11日のテロ事件を口実にビン=ラーディン率いるアル=カーイダテロ組織を指弾したのは戦争を継続するためだったと信じている。9.11事件の主犯格は、いまだ謎に包まれている。これまでのところ、ワシントンはこの分野で誰もが納得するような責任ある調査を行っていない。前世紀80年代の冷戦期、ワシントンが中心となって子飼いのアル=カーイダ組織を生み出し、アフガニスタンでソ連軍と戦わせた。
ワシントンの要請にも関わらず、ターリバーンが匿っていたビン=ラーディンの引き渡しを拒否した後、米国は国連憲章第52条(訳注:その第2項「加盟国は地域的紛争を平和的に解決するようあらゆる努力をしなければならない」)に反してアフガニスタンに侵攻し占領した。彼らは誤ったデマゴギー的目標を「テロとの戦い」、「民主主義の確立」、「人権の支援」、そして「麻薬(栽培・生産・取引)の撲滅」と呼んだ。もしアル=カーイダおよびパキスタンの各種集団によるテロと戦っていたアフマド・シャー・マスード(Ahmad Shah Masoud/訳注:2001年9月9日に暗殺された)が必要な軍事・財政支援を受けていたら、アフガニスタンで事前にターリバーンを倒せたかもしれないのに。
米国は侵略の初期には単独で行動した。その後、ジョージ・ブッシュ米国大統領は、アフガニスタンでの作戦を「不朽の自由作戦」と呼び、自分たちの戦争はテロリストの制圧、捕獲、処罰のためならば時間的にも空間的にも「無制限」であり、「テロリストを匿う国はすべてテロリストだ」と付け加えた。こうして世界の多くの国を糾合して都合のいい世界連合をこしらえた。
アブドゥル・アハド・ファイズ(Abdul Ahad Faiz)は、この問題に関する分析の中で、「2兆ドルの費用がかかったとされるアメリカ史上最長のアフガニスタン戦争の結果、明らかにされたのは、2450人のアメリカ人とその請負業者3850人、他の連合国の兵士2000人以上、軍人と民間人の両方で50万人を超えるアフガン市民の死亡である」と記している。
参考記事:より詳しいデータはこちら
https://apnews.com/article/middle-east-business-afghanistan-43d8f53b35e80ec18c130cd683e1a38f
しかし、最悪の痛みは、基本的にドナルド・トランプ米大統領政権のアプローチだった。ワシントンは狂信的で偏屈で頑固で妥協を知らないターリバーンのようなテロリストと交渉を開始したのだ。国連安全保障理事会のブラックリストに載せられていたことを無視し、個々のテロリストの追跡に自ら数百万ドルの懸賞金を割り当てていたにも関わらず。アフガニスタン国民の真の代表が不在のまま、ワシントンはターリバーンの代理人やエージェントと2年間交渉し、2020年2月29日にカタールのドーハで400ページに及ぶ協定を結んだ。
かかる経緯の故に、この協定には隠された側面があったのだが、その基本を理解し同意した上で、アフガン大統領の傭兵どもはターリバーンに権力を明け渡した。それは「アシュラフ・ガニー・アフマドザイ(Ashraf Ghani Ahmadzai)指揮下の4人政府」(訳注:残る3人はモヒブ国家保安補佐官、ファズリ大統領事務所長官、ラフィミ外務特別使節)と呼ばれた傀儡政府による陰謀だった。これはまさしくテロリストへの屈服で、いわゆるテロ首長国たる独善的なターリバーンに対し、わずかな抵抗もなく、一発の銃弾を撃つことすらもなく破れ、25万の防衛・治安部隊と700億ドル相当のアメリカの先進軍事装備が無駄となった。この降伏の結果が、中世を蘇らせた独裁で今や大惨事である。これらの反人間的犯罪の重しは、苦しむアフガニスタンの人々、特にその「捕虜」となった女性たちにのしかかっている。
参考記事
https://www.afintl.com/en/202301279157
「アフガニスタン、続いてイラクを占領した後、ワシントンは〝グアンタナモ、バグラム、アブグレイブ〟さらにNATO加盟の東欧諸国に、違法かつ危険な刑務所を作った。アメリカ人は捕らえた人間を〝無国籍戦闘員〟と呼んだ。その狙いは、彼らを尋問について保障される〝戦争捕虜〟(訳注:1949年のジュネーブ第3条約ではその第17条4項で捕虜の尋問について、強制・拷問を禁止している)として認識しないことだった。そもそも、アメリカ国外に投獄されたために、4つのジュネーブ条約、追加議定書(訳注:1977年)、拷問禁止条約(訳注:1984年)のすべてが適用されない」と、ガファール・ハリフ(Ghafar Harif)はAriaye(訳注:https://www.ariaye.com/)のウェブサイトの記事で指摘している。
キューバ南東部の海岸にある面積116平方キロのグアンタナモ米軍基地にある刑務所は、米国内外で捕まったテロ活動容疑者を収容する米軍基地のひとつだ。世界50か国から集められた約780人の囚人が収監され、その29%がアフガニスタン人だった。正式な捕虜かどうか疑われる場合も、ジュネーブ第3条約第5条2項では「その地位が権限のある裁判所によって決定されるまでの間、この条約の保護を享有する」とされている。
ところがグアンタナモ刑務所に関して公表されたレポートは、「被収容者は過酷で非人道的な拷問を受けている。ジュネーヴ第3条約の第50条(訳注:捕虜の労働についての規定)、第51条(訳注:捕虜による不健康または危険な労働の禁止)、さらに第47条(訳注:負傷または病気の捕虜の移動禁止)の規定に鑑みれば、かかる状況は〝人道に対する罪〟相当として検討されるべきであり、下手人は明らかに当該条約に違反している。彼らは、世界戦争犯罪裁判所によって訴追される可能性がある」と指摘している。
ターリバーン集団の政権運営
ターリバーンは2021年8月15日、以前から組織的に企てられた陰謀によって政権を獲得した。現在、彼らがカーブルを支配してから567日が経過している。日を追うごとに状況はより危機的になり、人々の生活は耐えがたいものになっている。誰も安全を感じられない。この国の人口の半分を占める女性は、ターリバーンの支配下であらゆる市民的権利、人権と自由を奪われ、自宅の4つの壁の中に幽閉されている。役人、軍の元将校、前国防戦闘員、そしてターリバーンの独裁的で違法な支配を批判し、行政のやり方に同意しない人々は、迫害され拷問されている。ターリバーンは省庁の地下室に秘密の牢屋を持っている。ターリバーン集団の恐ろしさと蛮行、国民との激しい対立は、アフガニスタンの歴史上、見られた試しがない。元将校の射殺映像はたくさんある。最近では、前政権の警察官であったバドルディン・ハイダリ(Badruddin Haidari/訳注:パクティア州べカイル地区の元警察署長)が「テロ首長国」によって殉教させられた。
参考記事
https://kabulnow.com/2023/03/former-police-chief-killed-in-khost/
アフガニスタンのさまざまな都市で、「自爆首長国」による元兵士の捜索、逮捕、拷問が再び著しく増加している。ターリバーンという怪物は、血に飢えたこのような現状でさえなぜ満足しないのだろうか!
2021年以降の重要な動き~女性への教育の禁止
ターリバーン高等教育省は、アフガン暦1401年9月29日(訳注:西暦2022年12月20日)付の通達書第2271号によって、アフガニスタンの少女と女性に対して大学および高等教育センターの扉を閉ざした。これに対して、一部の少女と女性たちはアフガニスタン内外の街頭で抗議し、ターリバーンの非人道的な決定に対する嫌悪感を表明した。その結果、多くの場合、彼女らはターリバーンの暴力的な反応を受けた。また、男子学生は、アフガニスタンの少女と女性の学業継続の権利の要求を支持するために、いくつかの教育センターでサボタージュを行った。高等教育機関の教授の中には、ターリバーンの非人道的で違法な決定に反発し、大量辞職の挙に出て憎しみを表わす者もいた。
現在のアフガニスタン社会の主な問題は、大多数の国民の非識字と無知である。多くの専門家や教育を受けた人々が、安全を求め国を離れている。一方、国益に対する人々の無理解と、国益を守るための国民的結束の欠如がある。先のごとく自社会の女性たちから教育と社会参加を奪う行為は、国益を損なうものだ。
国民が読み書きできるようになり、意識を高め、警戒心を持てば、結束が達成される。女性は社会の半分を占めるだけではない。残りの半分である男性も女性が生み出し、育てているのだ。
大学で学ぶ権利がアフガン女性からはく奪されたことへの内外の反応にあわてた多くの国が美しくありがたい声明文を出してターリバーンの非人道的行為を非難した。しかし、大多数のアフガン国民にとって、そのような反応や美文は完全なデマゴギーであり、アフガン国民の傷に塩を塗るものである。なぜなら、それらすべての組織や国家こそが例外なく手を結び、ターリバーンというテロリスト集団を政権に就かせたのだから。彼らのすべてのテロ行為、反人間的な活動、国際法の規範を全否定し国民を恫喝、強制、脅迫するというスタンスにもかかわらず。すべては、他国の傀儡兼下僕らによって徐々に成し遂げられた。それをうまく率いたのが、ハミド・カルザイ(Hamid Karzai)と精神病で無能な人物アシュラフ・ガニーで、さらには例の憎むべき民族主義者たるザルメイ・ハリルザド(Zalmay Khalilzad)もいた。そして今、この3人の同意を得て、各国および各組織はワニの涙(訳注:偽善の涙)を流し、我が国民の傷に塩を塗り付けているのである。
現在の状況では、社会を教育し、国民に情報を与え目覚めさせることが優先されるべきである。女性の権利を取り戻すためには、献身的で啓発的な社会構成員のすべてがターリバーンに対して団結し立ち上がることが急務であり国民的義務である。女性たちが社会参加する権利、大学教育を受ける権利などを有するためには、実際的な支援を提供する必要がある。今こそ、ターリバーン政権の全システムを麻痺させるために、食糧や公衆衛生など一部の重要な分野を除き、すべての国民が一致団結して抗議行動を起こす時だ。教授陣の辞任や若い男性たちの授業ボイコット運動は、テロ集団が非人道的な計画を実行するための一時的な地ならしになるかもしれない。しかしこれまで以上に、あらゆる可能性と手段を用いて、なりふり構わずターリバーンの非人道的な行動を止めるべきだ。
アフガニスタンの国民は承知しているが、この点でより重要なことは、外国からの人道的スローガンに惑わされず、国民を協力させ自国の問題に集中させることである。アフガニスタンの現在の悲惨な状況は、過去20年間の外国勢力とその手先に責任のすべてがある。アフガニスタンの人々は、現在の状況を作り出した責任は国連を含むすべての外国人にあると固く信じている。なぜなら、彼らは自分たちの戦略的目標へと邁進し、アフガニスタンを利する状況を整えるだけでは満足できなかったからだ。彼らはあらゆる状況を利用して、その邪悪な目標へと突き進むので、いずれ我が国をより多くの問題へと導き、最後は内戦にまで追い込む。
現在の状況を作り出したハリルザドの役割
ハリルザドはターリバーンとの和平協議の当初から、第一級ロビイストとしてターリバーンを支持する可能性があるのは誰かと探り始めた。 いわゆるアフガニスタンでの平和達成のための米国特使に着任したハリルザドの指揮の下、米国とターリバーンの間に不名誉なドーハ平和協定が結ばれ、その結果アフガン国民の運命はまるで災害のごとく混乱し、崩壊の崖っぷちに立たされた。仕事仲間たるハリルザドの偏った努力の結果、ターリバーンが政権を握った。彼は、狂信的で偏屈で反文明的な集団であるターリバーンを「アフガニスタンの秩序と安定を生み出す力」と定義した。図々しくも彼は、ターリバーンを柔軟で穏健な国民的勢力として押し出した。彼は、自分の出身民族への親和傾向に基づいて彼らを支持した。
ターリバーンが政治的権力を簒奪したのは、彼の偏った政治的支援によるものであった。その結果、政治的、経済的、文化的、社会的な構造はすべて崩壊した。それはまさに人災であったのだが、価値観と過去に生じたいくつかの成果を破壊した。さらに、ポジティブなものを消し去り、米国の率いた文明世界が傲慢と無知の軍隊に敗れたことを示した。今、アフガニスタンの国民は、米国を陰謀国、加虐者、ターリバーン犯罪集団の共犯者と見なしている。そして、ただこの地域を牛耳らんがためにアフガニスタンの国民に対する犯罪に加担していると見抜いている。このように、アメリカやそのパートナーを我が国民が否定的に見なす理由は、ドーハ和平プロセスを進める上でのハリルザドの不誠実さに起因している。アフガニスタンの国民の真の代表が排除されて知らぬ間に、密室で大きな犯罪が計画されたとアフガニスタンの大多数の人々は考えている。現在の状況は、アシュラフ・ガニーとその前任者であるハミド・カルザイが広めた腐敗した政府と民族紛争の産物なのだ。
米国が自らの責任を免れ、アフガニスタン国民の支持者でありたいのならば、ターリバーンと一方的に交流するのではなく、この集団とのドーハ和平協定を完全に取り消すべきである。その後、国連の監督の下で、何百万ドルも盗んだかつての泥棒や過去の政権の腐敗した機関が参加しない暫定政権を発足させる。それは専門家たちとこの2年間評判の良かった人々の組み合わせで形成されるべきだ。そうすればアフガニスタン国民の真の代表の参加が可能となる。ハリルザド、アシュラフ・ガニー、ハミド・カルザイの一味は、体制の崩壊を引き起こし、ターリバーンに権力を渡し、世界におけるアメリカ合衆国の政治的、道徳的失敗と屈辱を引き起こした咎で、起訴され裁判にかけられるべきである。
ターリバーンの思想的背景
カーブル宮殿を占拠しているターリバーンは教育、知識、人間性、文明、そして科学に対立するものであることを再び証明した。ターリバーンはアフガニスタンの国益に反しており、彼らはパキスタンの利益の保護者である。彼らは社会におけるジェンダー・アパルトヘイトの原因であり、市民生活に関するすべての国内および国際基準に抵触している。まず第一に、ターリバーン主義とは、ターリバーン独自の思想と神学、さらには聖なる宗教であるイスラームの幼稚な解釈を指している。彼らのイスラームのビジョンは、過激で石化しており、絶対主義的で、宗教学校デオバンド学院(訳注:19世紀に北インドの町デオバンドに創設されたスンナ派の宗教学校でイスラームの伝統への回帰を主張する)の流れがパキスタンで培った原則と考え方に従って形成されている。
ターリバーン体制は、マドラサ(宗教学校)の学者によって植え付けられ成文化された狂信的思想に徹頭徹尾もとづいており、多くの知識人が許容できるものではない。国名を再びイスラム首長国と称して、アミール・アル=ムーミニン(訳注:信徒たちの長すなわちハイバトゥラー・アクンザダ)が行う演説を聞くと、ターリバーンの指導部がかかる狂信的支配体制を打ち立てようとしていることがわかる。ターリバーンのマニフェストと基本的考えは、「カジ・アルカダット」(訳注:786年にカリフが裁判権を譲渡した役職)と呼ばれる最高裁判所長官シェイク・アブドゥル・ハキーム(Sheikh Abdul Hakim) が書いた “イスラム首長国 “という本に表現されている。アフガン人なら誰もが知っているし、国連を含む国内外の専門家も信じるところだが、ターリバーン内部で神学者を気取って指揮しているのは、ほんの5〜7人の独裁者たちだ。
参考サイト
闇のマニフェスト:ターリバーンの理想の考察
https://gchumanrights.org/gc-preparedness/preparedness-conflict/article-detail/the-manifesto-of-darkness-an-examination-of-talibans-ideals.html
シェイク・アブドゥル・ハキームについて
https://en.wikipedia.org/wiki/Abdul_Hakim_Ishaqzai
ターリバーンによる軍政と内戦の行方-2023年
イランからターリバーン内の権力交代の話題が時おり漏れ聞こえてくるのだが、特に最近は、そのためターリバーン指導者の権力が制限され消滅さえするかもしれないという報告が注目される。内部クーデターともなれば非常に危険で、失敗すればクーデター首謀者は処刑され、ターリバーンの分裂につながると一部の観察者は見ている。ターリバーン集団の分裂如何は外国の諜報活動と繋がってもいる。またクーデターを起こすには、ムッラー・バラダール(Mullah Baradar/訳注:第1副首相代行)、シラージュッディン・ハッカーニ(Sirajuddin Haqqani/訳注:内務相代行)、ムッラー・ヤクーブ( Mullah Yaqoob/訳注:国防相代行)が行動を一にする必要があることは、証拠から明らかである。しかし、彼らは誰もお互いを信頼していない。クーデター計画を実行するためには、複数の重要なターリバーン軍司令官の協力も必要である。現在、そのようなシナリオが発生する確率は低い。最近の動向を見ると、不満を持つターリバーン指導者たち数名がいま、リスクの少ない権力移行の形を求めているようだ。しかし、その実現は難しい。可能性があるのは「指導者会議」の復活である。そこでは会議内のコンセンサスによって意思決定がなされ、ターリバーン指導者の承認を得るような方法が構想される。
参考記事
https://www.brookings.edu/blog/order-from-chaos/2023/02/03/afghanistan-in-2023-taliban-internal-power-struggles-and-militancy/
2023年のアフガニスタン情勢は、ターリバーンの指導者ハイバトゥラー・アクンザダ(Haibatullah Akhundzada)があらゆる意思決定に強い影響力を発揮し続けるかどうかで決まる。もちろん、ハイバトゥラーは物理的に存在しない(訳注:すでに死亡しているとの説、<視点~036>参照)。ISIの将軍がハイバトゥラーの名前で命令を出す。第二の重要な力学は、テロと過激派の問題である。ターリバーンがホラサン(訳注:アフガニスタンの古名)でISIS(訳注:アフガニスタンではIS-KまたはIS-KP)をよりコントロールできるようになるとは考えにくい。ISISもターリバーンも、外国の諜報プロジェクトである。アフガン人が知っているように、ターリバーンとISISは同じコインの裏表のようなものだ。支持者たちの希望や要求通りに動けばターリバーンであり、彼らの命令に背けばISISの名の下に弾圧されることになる。ISISとターリバーン、どちらも支持者は同じである。米国で端を発し、パキスタンの作戦地域で活動している。
しかし、2つの疑問が残る。ターリバーンは軍の離反を果たして阻止できるか。そして、アフガニスタン発のテロを減らせば、列強国が反ターリバーン集団に肩入れするのを阻止できるのか。つまりアフマド・マスード(Ahmad Masood)率いる国民抵抗戦線はターリバーンにとって深刻な脅威なのか? これらの問いに対する答えは、方やアメリカとイギリス、パキスタンとサウジアラビア、方やロシア連邦、中国、インド、イランといった、アメリカの存在に対抗するアジアの同盟国たる国々が、この地域で将来どのような諜報ゲームを展開するかにかかっている。もちろん、ウクライナ戦争の結果や中央アジアの新興独立国の安定も、アフガニスタン情勢の形成と密接に関係している。
アフガニスタンの女性にとって、状況は暗い
2021年8月以降、ターリバーンは警察のパトロール部隊を大幅に増員し、女性を公共の場から追い出している。国が直面している経済危機と並行して、アフガニスタンの女性の社会的、心理的、治安的状況は悲愴な状況にあり、以前よりも悪化している。現在、ターリバーンが政権に復帰して以来、女性は多くの制限に直面している。
ターリバーンがカーブルに戻った後、彼らはすぐにアフガニスタン女性たちの地位を後退させると強調した。多くの女性は、1996年から2001年までの前回のターリバーン支配の暗黒時代をよく覚えている。その「イスラム首長国」支配の間は、姦通の罪に問われた女性は、カーブルのスポーツスタジアムで石打ちの刑に処せられた。ヒジャブで胸から上を覆うよう義務付けられていた。女子は学校へ行くことが許されなかった。2021年に政権に復帰したターリバーンは、課せられたルールに従うと国際社会を納得させたくて、今後もより寛大なふりをする。しかし、女性に対する彼らの暴力の実際は、この偏屈で女性差別的な集団が、偽善、嘘、そして世界社会を欺くことしかしていないことを示している。
女性へのさらなる弾圧
その上、ターリバーンの存在によって、女性に対する規制が著しく強化された。政治活動への女性の参加は禁止されている。他方、これまでの歴代政権では、アフガニスタン「イスラム共和国」の行政や議会で多くの女性が役職に就いていた(2001~2021年)。ターリバーンの復権によって多数の女性職員が解雇された。唯一の例外は、女性の存在が不可欠と感じられるいくつかの部門だけとなった。 ターリバーンの支配下では、多くの機関で男性を生かすために女性をクビにした。女性は退出し残った男性がその代価を不当に貪る。女性が仕事を続けられたのは、保健、教育(女子小学校)、国際機関や非政府組織(NGO)など、ごく一部の分野だけであった。仕事に関する制限に加え、スポーツ、体育館、ホール、公園、遊歩道も女性には閉ざされた。
大学でも女子の就学は2022年12月より停止させられている。アフガニスタンの女性は、72キロメートル以上の距離を、マハラム(訳注:兄弟、父親、叔父などの法的近親家族)なしで移動することができなくなった。また、女性は1人で飛行機旅行することも禁止されている。昨年春、ターリバーンは胸から上をすべて覆うヒジャブの着用を義務付け、またヒジャブをブルカ(訳注:全身を覆い、ニカブでは素抜けの目の部分もレースで隠す)にすることを推奨した。この服装規定はアフガニスタン全土で守られているわけではないが、女性テレビ司会者は守らなければならず、さもなければきつい処罰を受けることになる。アフガニスタンの人権に関する国連特別報告者であるリチャード・ベネットによると、原理主義運動は「女性を見えなくする」ことを目的としている。このような女性に対する性差別は、女子高の閉鎖によってピークに達した。
リチャード・ベネットのレポート:
https://www.ohchr.org/en/documents/country-reports/ahrc5284-situation-human-rights-afghanistan-report-special-rapporteur
ターリバーンを分類すると
女性を浄化するという考え方はパキスタンにある「クルアーン」の学校で教えられた。そこで学んだのが1979年のソビエト連邦による占領後アフガニスタンから逃げた亡命者たちで、ターリバーン一派の意識に深く刻まれた。ハーバード・ケネディ・スクール(訳注:ハーバード大学の公共政策大学院)のニシャンク・モトワニ(Nishank Motwani)博士によると、ターリバーン運動の黒幕は3つのグループに分けることができる。
参考記事
https://www.eastasiaforum.org/2022/10/20/taliban-leaders-still-lack-legitimacy/
まず、宗教的正統性をもたらす心の管理者たち。次に、広報文化外交の担当者、特に国際舞台でターリバーンの公的な顔を勤める官僚たち。最後に、鍵となる権力の源を漏れなく支配しているハッカーニ・グループであることは周知の事実だ。これら3つのグループは、さらに穏健派と過激派に別れ、それぞれ異なる目標を持っているように見える。しかし、現実にはそうではない。ターリバーンに違いはなく、彼らはみな同じ源から餌を与えられている。諜報活動のプロは、自らの戦略的な目標を達成するため、ときに応じて良い連中、悪い連中、最悪の連中を出し入れする。しかしアフガニスタンでよく使われることわざ通り、「犬とジャッカルは兄弟」なのだ。
残酷なターリバーン支配下における国民の暮らしから占う今年のアフガニスタンの展望
飢餓と飢饉が蔓延している。大多数が貧困ライン以下で生活しており、無法と暴力はターリバーンによるテロ体制の顕著な特徴である。異なるグループ間の内部確執は、国内のさまざまな地域で武力衝突が広がる可能性を示している。ターリバーン集団は領域各国の諜報機関とつながっており、主要な支援者であるアメリカ合衆国の支配下にあるだけではない。アメリカがあらかじめ計画された陰謀で彼らを政権に就かせ、すべての軍事兵器を与えたにかかわりもせずだ。アフガニスタンは過去40年間、諜報戦に明け暮れてきた。各集団は領域内外の諜報網のどれか1つとつながっている。したがって、ムッラー・ヤクブが率いるカタール派として知られるターリバーン、ムッラー・バラダールたちグアンタナモ湾とカーブルのバグラム空港にあったアメリカの刑務所から解放されたターリバーン、そしてムッラー・ハイバトゥラー(訳注:ターリバーンの最高指導者とされているハイバトゥラー・アクンザダ。ターリバーンの内部会議でも素顔をさらさず、生死に関して疑問がもたれている)が率いるターリバーンなど、様々あるがその違いは、どの外国の諜報機関とつながっているかだけに過ぎない。
ターリバーンは対立する集団はおろか、仲間と見なされる集団とも、その関係はもろく揺らいでいる。 ハイバトゥラーは現地情報によると、2018年にクエッタで殺害された。パキスタンの情報機関の将軍のひとりが、「ハイバトゥラー」という愛称や別の暗号名で呼ばれ、ターリバーンの指導者として命令を出していた。それが今や、ターリバーンの最高司令部のトップとして全国民に命じたり、禁じたりしている。テヘランのアフガニスタン大使館がターリバーンに引き渡されたことは、ターリバーン集団がイランのコッズ情報部隊(訳注:イラン革命防衛隊の特殊部隊。2020年1月、同部隊のソレイマニ司令官がアメリカ軍の爆撃によってバグダッドで殺害された事件が有名)と親密であることを示している。コッズ情報部隊は長年にわたり、イラン関連地域におけるアメリカとイスラエルの動きを監視している。
アフガニスタンの国土は今、様々な外国諜報集団の手中にある。国防大臣代行であるムッラー・ヤクーブは、「われわれはアフガニスタンを支配していない」と言った。正体不明の飛行機がアフガニスタンの空域を飛び交い、国籍不明の歩兵が闊歩している。これは複雑な状況を反映しており、情報戦が関係国の枠を超えて、利害を感じる国とも戦われ始めたことを示している。以前は連合国か同盟国かの2択だったのに。
パキスタンはターリバーンを手玉に取り、新たにアフガニスタンを縦深戦略に引き込んだ
(訳注:縦深戦略:縦に細長い国土のパキスタンはインドと戦争になった場合不利なので背後のアフガニスタンを自国陣営に引き入れてインドに対抗しようとする戦略)
ターリバーンは確かにパキスタンの戦略目標実現のための代理勢力なのだが、今ではパキスタンにとって脅威なのか、それともそうした訴えはイスラマバードの支配者たちの空疎な主張をもっともらしく見せる手品なのか。
ターリバーンがパキスタンの軍とISI(軍統合情報局)の産物であることは疑いようがない。この真実は白日のごとく明かで、パキスタンの支配者や軍関係者が折に触れて述べてきた。例えば、ベナジール・ブットは2001年にルモンド誌のインタビューで、ターリバーン運動はパキスタンがアメリカやサウジアラビアと密接に協力して作り上げたものだと認めた。その後はムシャラフ大統領やサルタジ・アジズ(ナワーズ・シャリフ首相の外交顧問)、アサド・ドゥラニ(ISI元長官)などの政府高官も、ターリバーン指導者がパキスタン国内であらゆる保健サービスの恩恵を内密に受けていたことを認めている。彼らはパキスタンで軍事的、政治的支援を享受してきた。この点については、『ターリバーンはいかにして台頭したか』と題する書籍でカーネル・イマーム(訳注:ISI職員でムッラー・オマルらに戦闘法を教えた。2011年に誘拐され殺害)がより明確に述べている。彼は、50人の候補者のうちから、カルザイとムッラー・オマルの両人がISIに推薦されたと書いている。ムッラー・オマルが選ばれたのは、ISIへの忠誠心がより高かったからだ。ターリバーンが、パキスタンに対して横着な態度をとりながらも、アフガニスタンを使った縦深戦略のための忠実な戦闘員であり、道路整備車(ロードスムーザー)であることは間違いがない。
参考記事:サルタジ・アジズの暴露
https://www.nbcnews.com/news/world/pakistan-s-sartaj-aziz-admits-taliban-leaders-are-living-there-n531846
パキスタンのアフガニスタンへの縦深戦略は、1947年のパキスタン成立時、アフガニスタン国民評議会がデアュランドライン(訳注:英国が19世紀末に引いた国境線)を認めなかったことに関係していると注目すべきだ。当時のアフガニスタン国連代表アブドゥル・ラーマン・パズワク(Abdul Rahman Pazhwak)は、独立国としてのパキスタンの成立に反対票を投じた。翌1948年にイギリスの将軍がパキスタンの諜報機関を創設したのが、アフガニスタンに対するパキスタンの縦深戦略の始まりだった。彼はパキスタン軍の陸上幕僚だった。この理論は、後にハミド・ガル(訳注:対ソ連戦でCIAの代理人としてISIを指揮したパキスタンの軍人)やアクタール・アブドゥル・ラーマン(訳注:対ソ戦でCIAの代理人・統合参謀本部議長として活躍)といった将軍たちによって発展させられた。パキスタンの将軍たちはインドと競争かつ敵対する上で縦深戦略をさらに押し出した。実際、パキスタン防衛の名の下に提案されてきたパキスタンの将軍たちによる強要と略奪の手口は、彼らのテロに道を整えたのである。
パキスタン軍部は、実際の目標を隠そうと試みている。アフガニスタンにおけるこの縦深戦略は、隠されることでまさにパキスタンの国益となる。この理論に沿って、パキスタンの将軍たちは、ソ連に対するアフガニスタン国民の聖戦、後に米国に対するターリバーンの聖戦を支持した。また相手がアフガン政府ならば、ムジャヒディーンもターリバーンも味方につけて戦争をリードし、その結果アフガン人の運命は翻弄された。過去の戦争、特にムジャヒディーン時代のジャララバード戦争(訳注:1989年、ソ連撤退後に闘われたPDPA軍とパキスタンに支援されたムジャヒディーンの戦闘。ムジャヒディーン側が惨敗した)やクンドゥズ戦争(訳注:2015年、アフガン軍がターリバーンからクンドゥズを奪還した時の戦闘)におけるISI将兵の存在は、誰の目にも明らかであった。アフガン軍の将校は、パキスタンの将兵が女性のベールをかぶってクンドゥズから逃げていくのを何度も目撃している。したがって、昨日はジハード主義集団、特にグルブッディン・ヘクマティアール(Gulbuddin Hekmatyar)のヒズベ・イスラミ、今日はターリバーンが、アフガニスタンにおけるパキスタンの縦深戦略に欠かせぬ駒である。さて、問題は、パキスタンの戦略的資産であるターリバーンが、パキスタンにとって脅威となるようなことが果たしてあるのか。パキスタン当局のこのデマゴギー的主張は、世界各国の国民の注意をうまくそらし、その結果アフガニスタンにはテロリストが次々と送り込まれていく。