2023年4月4日
柴田望(詩誌「フラジャイル」主宰)
(WAJ: 『ウエッブ・アフガン』からの呼びかけに第一番に応答したのが旭川で詩作活動をしている柴田望氏だった。柴田氏は詩誌『フラジャイル』を発行するかたわら、自身が発信するFacebook、Twitter、ブログなどで積極的にオランダに亡命中のアフガニスタン詩人ソマイア・ラミシュさんの呼びかけを拡散し、賛同者を募る活動を始めた。その活動が1か月足らずで日本中に広がり、いまも広がり続けている。その実際が詳細にレポートされた。貴重なその「日本からの声」を伝える。)
言葉の繫がりの波立ち
■2月17日に「ウエッブ・アフガン」の野口壽一編集長よりメールを戴き、詩人ソマイア・ラミシュさんのメッセージを拡散したところ、驚くほど多くの皆様にご協力を戴き、心より感謝申し上げます。「詩を送りましたよ!」という個人メールも複数戴きました。ご参加を促すというよりは、お知らせしたい気持ちでした。その時点では、たとえ詩が集まらなくても、アフガニスタンの状況に関心が集まれば「世界の詩人たちへ」のメッセージは成功かもしれないと浅はかに考えておりました。
1月15日にタリバンによる詩の禁止令が発令されたとのことで、いくつかのペルシャ語のニュースサイトに、評議書の画像がアップされていました。BBCや日本の報道では取り上げられておらず、㈶日本アフガニスタン協会に電話で問い合わせたところ、事実確認に快く応じてくださり、二日後にご返答を戴きました。「音楽に似た詩を書いてはならない」…この禁止令については事実であり、現地で抗議運動が起きていること。一昨年、パシュトゥーン人の詩人が家から引き摺り出されて暗殺されたこと。アフガニスタンの日本の詩のあり方の違いについてや、報道されている視点がすべてではないこと等、貴重なご教示を賜りました。平和な日本とは異次元の状況を簡単には信じられないかもしれませんが、欧米の詩人や文学団体がソマイア・ラミシュさんの呼びかけに応じて積極的に声明を出したりしているのに対し、日本の詩団体・文学団体は組織としては未だ動けていない状態にあります。世界のこうした状況を認識した上で、私たちはどういう行動をするべきか、考えたり議論をする機会を戴いているように感じております。
私たちが発行する北海道旭川の詩誌「フラジャイル」は1946年に創刊された詩誌「青芽」の後継誌です。昨年、市制100年を迎えた旭川市は100年前から文化活動が活発であり、小熊秀雄や今野大力、萩原朔太郎に師事した鈴木政輝といった詩人たちや、若山牧水と親しかった歌人斉藤劉、斉藤ふみ等が活躍していました。小熊秀雄の親友である詩人小池栄壽に師事した富田正一さんが敗戦後18歳で復員し、「これからは自由に詩が書ける時代だ」「自由な創作の場を作ろう」と決意し、詩誌を創刊。詩誌「青芽」を72年間発行し続けました。「青芽」は2018年に終刊となりますが、富田正一さんの想いを引き継ぎ、2017年12月に後継誌「フラジャイル」を創刊。昨年12月には5周年記念イベントを盛大に行いました。旭川の歴史ある文化を次の世代へ大切に運んでいく《こわれもの=FRAGILE》の荷札として、77年の歴史の礎のある文化活動に主体的に取り組ませて戴いている私は、今回のソマイア・ラミシュさんの「世界の詩人たちへ」の呼びかけを、もしかしたら政治的な視点とはまったく異なる、詩人による詩を書き続けたいという声として、シンプルに捉えすぎてしまっているかもしれません。しかし、詩を書き続けたいという詩人の意志に連帯し、心を大切にする行為を支持することは、政治以前と考えます。
野口壽一編集長より最初のメールを戴き、ソマイアさんのメッセージを拝見した頃、ちょうど私は北海道を代表する過去の詩誌の一つ「詩の村」(1963年創刊)を研究していました。江原光太、佐々木逸郎、古川善盛、堀越義三といった錚々たる詩人たちが書いていた詩誌です。「詩の村」が中心となって発行された『北海道=ヴェトナム詩集Ⅰ』(同書刊行会
1965年)が手元にありました。旭川ベ平連の旗を掲げ、たった一人で市役所前に立つ高野斗志美先生の俤が浮かびました。安部公房、井上光晴、倉橋由美子といった前衛的な戦後文学を論じた文芸評論家高野斗志美先生に私は大学で習い、戦後文学のゼミでは川村湊の著書などをテキストにベトナム戦争の時代を担当しました。昨年がちょうど高野先生の没後20周年で、詩誌「フラジャイル」に特集を組みました。アフガニスタンやウクライナの状況に対する現代の日本人の反応と、1960年代のベトナム戦争の状況に対する当時の日本人の反応がなぜこんなにも違うのか、様々な視点から研究されるべき課題なのかもしれません。
タリバン暫定政権にとって不都合な詩を禁ずる。政権に都合のよい詩であれば書けるのかもしれませんが、日本にもそうした時代があり、自由に詩を書けない国は今もありますが、一つの価値観にそぐわない詩や文学を禁ずる世界認識は危険であり、人は誰もが簡単な言葉だけでは言い表せない無限の詩の領野を内に抱え、それぞれの価値観を尊重しなければ正しい世界認識ができないことは、認識を狭める操作によって騙される経験から学ばされます。
詩に携わり、詩とは何かということをいつも考えさせられますが、初めて現代詩に触れたとき…例えば大学時代に吉増剛造、天沢退二郎といった現代を代表する詩人の作品を初めて読んだとき、何だかわからない、どうしても普通の文章のようには読めない。普通の文章のように読めても普通じゃない、全然わからないけれど、とにかく圧倒される、この世界のように素晴らしい謎だらけの魅力に感動しました。私にとっては他者とはそういう難解な詩のような、謎めいた素敵な存在です。自分とは違う他人に憧れ、心惹かれる。理解できない、未知の無限の情報が他者にも自分にも込められていて、分からないものを排除するのではなく、尊重することで可能性は広がる、一篇の詩の読み方をこのように考えております。
詩を書いたり読んだりという行為は「世界認識の方法」の一つであり、どう生きるかを模索する行為であると考えます。それが禁じられ、女性の教育なども禁じられている、反近代的で極めて悲惨な状況は、近年世界的に高らかに謳われ、日本でも共通の企業倫理とされているSDGsのような考え方とは完全に反する状況であり、民主主義について何をどの次元で議論しなければならないか、人類に与えられた課題として目を逸らしてはならないと考えます。(昨年、(公財)北海道文学館で「吉本隆明展」が行われました。「日時計篇」の頃の自筆の初期詩篇の展示が圧倒的で、その後の吉本隆明の思想の核がこれらの詩篇に込められていたという気づきが得られ、特に「世界認識の方法」ということについて深く考えさせられる展示でした。吉本隆明は戦後の混迷のなか、自分は「世界認識の方法」を知らなかったと痛切に自覚し、1955年「高村光太郎ノート」によって戦争責任問題に最初のメスを入れました。)
勉強不足な私が今回の取り組みに関わらせて戴くにあたり、詩人・文芸評論家の岡和田晃さんには英文の翻訳だけでなく、かけがえのない多くのご指導を賜りました。3月25日付「図書新聞」の岡和田晃さんによる文芸時評には、ソマイアさんのメッセージに対する世界の反応、日本の反応についての鋭い論が展開されています。ソマイア・ラミシュさんのメッセージは4月下旬発行予定の詩誌「フラジャイル」第17号に掲載致します。ソマイアさんの詩篇(「(昨夜、通りで誰かが神を売りに出した)」)も同号に英訳、日本語訳を掲載。ゲスト寄稿として、ソマイアさんの呼びかけに応じて書かれた詩人佐川亜紀さんの感動的な詩篇「女たちの言葉は水路」も掲載させて戴きます。
「世界芸術の日」である4月15日(土)には詩人の二条千河さんのTwitterスペースでお話させて戴きます。二条千河さんは今回のソマイアさんの呼びかけにいちはやく応じ、詩(「虹彩
Iris,or Rainbows in Eyes」)を送られました。「世界芸術の日」朗読&トークLIVE、17時30分からとなります。
https://t.co/a2vhv8Yl12
2020年に日本で発足した新しい言葉の「スラム」=大会であるKOTOBA Slam
Japan(コトバスラムジャパン)代表の一人であり、世界最大ポエトリースラム機関World Poetry Slam
Organization副会長(for Asia)の三木悠莉さんも自作詩(「夜はもう明けているのに The dawn is long
past」)を送ってくださいました。また、コトバスラムジャパンより素晴らしい歴史的なご招待がソマイアさんへ送られ、ソマイアさんも「日本のポエトリーシーンに触れたい。皆さんに会いたい。」と応じられたことがTwitterで発表されています。さすがナショナルスラム。とても感動的なことです。実は私は昨年、一昨年の2回、コトバスラムジャパンの北海道予選大会の開催に関わらせて戴きました。そのおかげで海外の詩のあり方について学ばせて戴いたことが多く、今回のソマイアさんのメッセージに応じる気持ちになれたのだと思っています。
世界の人と思いと言葉の繫がり。ソマイアさんの呼びかけ、それを日本へ伝えてくださった野口編集長、詩を愛する日本の皆様への広がりの速さと深さに圧倒されています。本当にありがとうございます。
最後にお知らせですが、世界各国から集められた詩篇は、最初にフランスの出版社から発行されることが決まりました。日本の詩人の皆様から寄せられた詩篇も、原文と仏訳が掲載される予定のようです。将来的には日本でも発行したいとソマイアさんからメールを戴きました。書籍化について等、進展がありましたらまたご報告させて戴きます。
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詩誌「フラジャイル」第17号 2023年4月23日発行
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詩誌「フラジャイル」創刊5周年記念イベント(2022年12月24日)について報じた北海道新聞記事
左:吉田圭佑(詩誌「フラジャイル」同人) 右:柴田望
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[…] <旭川から日本へ、そして世界へ> https://afghan.caravan.net/2023/04/01/from_asahikawa_to_world/ <言葉の繫がりの波立ち> https://afghan.caravan.net/2023/04/05/shibata/ […]